憧れの人ともう一度対面した話。
「それで……。どうしてお呼びしたはずのない人が一緒にいるんでしょうか?
私の記憶が正しければ、今日のお昼休みの時間に今朝の件でしっかりとお礼を言いたいと言って、あなただけをお呼びしたはずなんですが……。なぜお呼び立てしていない方が一緒について来てしまったのでしょう?」
「…………。」「…………。」
沈黙。俺はその言葉の節々からにじみ出ている彼女の威圧感にただただ圧倒されて、その言葉に何か返事をする所か、その呼吸さえも上手く行う事が出来ずにいた。
彼女は今とても怒っている。それは対面に座る俺の目からも……。そして俺の隣の席に座り、今まさに彼女から『知らない男』扱いを受けた男、
しかし、そんな蛇に睨まれた蛙状態の俺が今になって思うのは……。またやってしまったという後悔。そして、この状況を作り出してしまった二つの意味での申し訳なさだ。
「(ああ……。これ完全に選択肢を間違えたな。そもそも、直輝をここに来させてしまった事自体が間違いだし。
何より……。ここに俺が来た事自体、色々と間違えていたのかもしれない……。)」
というか、何で俺は大橋さんに言われた通りそのまま昼休みに食堂に来てるんだろう?
確かに彼女には一方的に『昼休みに来てください。』と告げられただけであり、それを無視する事だって俺には出来た訳である。
しかし、何だかんだでここまで来てしまったのは、正直不可抗力だったと言う他ない。
ではなぜ、今ここに俺と直輝がいるのか?それについては、今朝の大橋さんの一件の後、教室に戻ってからの時間にまで話しを遡る。
ーーーー1限目始業前・教室にてーーーー
「おい!今朝の話聞いたか!?あの大橋さんに気になる人がいるって話!」
「えっ?何だよそれ?よく分からないけど、大橋って……。同じ一年のあの大橋か?」
「ああ!一年のスゲー可愛い女の子って、入学してすぐに騒がれてた……。あの大橋さんだよ!その大橋さんがなんと!気になる男子がいるって話していたらしい!
それも……。俺らと同じ、一年生の中でみたいだ!他の組の奴が言ってた!」
「うぇ!?それマジかよ!あの大橋が気になる一年の男子って……。それって一体何者なんだよ……。そんなスゲー奴、一年だとクラスの鷹宮とか位しか記憶にねーぞ……。」
「……はぁ。何で俺がこんな事に……。」
一限目までの始業時間の少し前。俺、
しかもそれを話しているのは、目の前で話をしているその男子たちだけではなく、クラスの男女問わず、色んな所でウワサになっているのが、この話のとても厄介な所である。
「(まあでも……その例の男が俺だって事は誰にも気付かれてないっぽいんだよな……。
これ関して言えば、俺の存在が他の生徒から全くと言っていい程に知られていない事がある意味プラスに働いた……。って、そんな感じだな。……うん。自分で言っててもホントに悲しくなってきたな。)」
しかし、その認知度の低さのおかげで、他の男子からの変な注目を集めていない事は事実なので……。やっぱりその点に関しては素直に喜ぶべきなのかもしれない。
そして俺は、そんな雑多な生徒たちのウワサ話を聞き流しつつ、とりあえずは昼休みの一件をどうするべきなのかを考えようとして自身の机に座ろうとした所、俺の少し前の席に座る女子上位カースト三人の姿が見える。
しかも、その三人は周りの生徒たちと同じく、やはり今朝の一件について気になっているのかウワサ話をしていて、所々、それぞれの憶測などを交えながら話し合っている。
「でもさー。正直ウワサに出てきた男子って
まあカリン的には、それが
「まあ、そうだねー。華鈴の松原推しは置いておくとしても……。始業式からの告白ラッシュを断り続けてる、あの大橋さんの気になる男子っていうか……。想い人?の話は、正直私も気になるかなー。
つっても、それが誰なのかは……。全くの手掛かり無しなんだけどね?そもそも大橋さんと交流とか繋がりみたいな物も無いし。」
そして、彼女たちから聞こえてくる声によると、どうやら彼女たちのような上位カーストの住人であっても、大橋さんの相手(彼女たちも異性として気になる相手だと誤って認識しているようだが)に興味深々なようだ。
すると、二人がワイワイと盛り上がる中でも一番目立つ存在である小川さんは、意外にもその話には興味が湧かない様子であり、どこか冷めたような表情で口を開いた。
「あーでも、あたしはその……。大橋さん?の話。別に興味とかはないかなー。そもそもクラスも違うし。姫沙羅の言うように別に繋がりとかもないからねー。
ていうか、そんなにその大橋さんって男振ってるのに、そんな急にウワサになるってのは何かちょっと不自然な感じじゃない?」
あくまで小川さんはその話をあまり信じていない様子でそう言うと、本当にその話には興味がなかったのか……。自らの肩に少しかかるほどの髪を手櫛で梳いて、暇を持て余すかのようにスマホをいじり始める。
しかし、何とも分かりやすい興味の失い方ではあるが……。いずれにせよ、俺がずっと彼女たちの話に聞き耳を立てている事に多少の罪悪感を感じていたので、俺的にはこのタイミングで会話も途切れて助かった。
すると、そのような興味のない様子の小川さんに、大橋さんのウワサで盛り上がっていた内田さんと彼女たちから
「おやおやー?そこの興味無さげな夏樹さん。本当にそんな事言っちゃってもいいのかなー?もしかすると……。夏樹にも結構関係ある事かもしれないよ?」
「うんうん。その通りだよ、なっつん!私たちJKには油断と夜の甘いお菓子は禁物なんだよ!ほら、よく考えてみて?あの大橋が気になるような男子のウワサなんだよ?
って事は、それが他と同じような普通の男子だとは……。到底思えないよねー?」
などと言って、内田さんと早瀬さんは不必要に小川さんの不安を煽り始める。
恐らくではあるが、小川さんの気になっている男子。つまりは直輝が例の男子生徒であるかもしれないと、二人は小川さんに対して暗にそう仄めかしているのだろう。
しかも、現にそれを聞いた小川さんは「なっ!そ、そんな……。嘘!?」と、これまた分かりやすく彼女らの話を信じ込んでしまいその動揺を隠せないでいる。
「(……っていうかそれを言えば、ある日突然大橋さんが直輝と仲良くなる事自体も、普通に考えれば不自然なんだよなぁ。同じクラスなんだから、それ位は小川さんじゃなくてもすぐに分かるはずだし……。)」
まあ、何というか……。これが俗に言う所の恋は盲目という事なのだろう。自分の気になる人がウワサ話の相手に上がるだけで、思わず平静でいられなくなるみたいな感じで。
すると、そんな彼女たちの話し声を聞いてだろうか……?にわかに、教室でウワサ話をしていた生徒たちがざわざわとし始める。
「えぇ!?も、もしかして……。あのウワサの男って、このクラスにいる鷹宮なのか?」
「でもそんな素振り、鷹宮に無かったぞ?普通にクラブ活動をして、たまに友達とゲーセンで遊んだりして……。俺もあいつと何度か一緒に遊んだ事があるし。」
「でも……。あのイケメンの鷹宮だぞ?逆に大橋さんの方からって可能性も……。それに俺らの知らない所で出会っていても、別にそこまでおかしな話ではないだろ?」
「あっ……。そっか!あいつから行ったんじゃなくって事ね。普通に俺がモテないから、その可能性自体無い物と思ってたわ。
でも、あのイケメンの鷹宮なら……。そうか。うん、大いにあり得てくるな。」
「えー、意外と大橋さんもミーハーなんだ。鷹宮くん、イケメンだし。まあ、お似合いと言えば……。お似合いだよねー。」
そして、そのざわめきは次々に波及し、終いには、その話があたかも真実であるかのように口々と男女問わずで喧伝されてしまう。
だがそのウワサの出処である彼女たちが、「うわ、マズった!」と言って、周りにいた生徒たちを見渡すが……。時すでに遅し。
生徒たちは皆、収拾がつかない程、口々に直輝がウワサの男子だと言って、好き勝手に憶測などを話して盛り上がっている。
すると、その中にいた男子の一部の生徒が直輝の方に近づき、そのウワサについての真偽を直接尋ね出して……。
・
・・
・・・
・・
・
そうして、そのまま一限目の授業が始まるまで、直輝への質問攻めが続き、終いには、休み時間も次々に生徒たちが直輝にウワサについて色々と尋ねようとするので……。
流石の直輝も、それにはいちいち対応してはいられなくなり、昼休みには、授業が終わるや否や俺の席の方に近づいて来て……。
「今日は食堂行こうぜ!?太一!」と、俺が何か言うよりも先に直輝は俺の腕を掴み、そのまま問答無用で例の約束の場所である食堂へと俺を連れていくのだった……。
ーー次話へと続く。ーー
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