第8話 なんか座敷童子いるんだけど
「……入れ」
「……ごめん」
玄関先、ノートパソコンを抱えて、いつもなら何も気にしてなさそうな顔で堂々と入ってくる風無は、今日は本当に申し訳無さそうな顔でのそのそと部屋に入ってくる。
だけどその申し訳無さはパソコンについての申し訳無さじゃなく――
「おじゃましまー……」
「八坂は帰ってもらおうか」
「なんでですか!?」
風無の後ろにピッタリくっついて部屋に入ろうとしてくる八坂を、俺の部屋に連れてきてしまったことへの申し訳無さだったりする。
「八坂は用ないだろ」
「ありますよ! 私の方がずっと先輩の部屋に入りたいと思ってました! お姉ちゃんだけズルいです!」
「それは用とは言わないしうるさいし」
ようやくネット越しの師匠と弟子って関係に落ち着いたと思ってたのにな……。
今までも何度も、八坂には部屋に襲来されてはいたんだけど、一回も部屋に入れたことはなかった。
だって、世間体的に女子高生が部屋に上がったら死刑だし。それに八坂の場合一回入れたら絶対何回も来るし。
まあ風無もいるから死刑にはならないだろうけど、せっかくVtuber活動を手伝えば満足しそうな雰囲気だったのに……ってもったいなさは拭えない。
「……はあ……邪魔するなよ」
「ありがとうございます! お邪魔します!」
邪魔するなら帰ってという気力もない。
ここで帰れ帰れ言っても絶対粘られるだろうし、その場合他の人から見たら女子高生が部屋から追い出されてるようにしか見えないだろうし、風無は早くパソコン直せって言うだろうし……というか風無が自分でパソコン直せばこんなことにはならなかったんじゃね?
「わぁ……! ここが闇也先輩の住んでる部屋なんですね……!」
「自分の部屋と変わんねーだろ」
同じマンションの隣の部屋なんだから。
別にパンとカップ麺とパソコンとゴミしかないし、風無が突然やってくるような部屋だから八坂に入られてもダメなところはないけど、部屋に八坂がいると妙に落ち着かない。
なんだろうな、見られちゃダメなところもないのに隅々まで漁って見せたくないものを見つけられるような恐怖がある。存在がホラーなのかな。
「とりあえず……風無のパソコン。八時までに準備しなきゃダメだろ」
「ああ、配信時間知ってたんだ」
「その配信始まる八時まで配信しようとしてたところだったからな」
同僚に邪魔されたけど。
と言ってもこういうのは何回もやってるし、別に八坂がいてもやることは変わらないから、さっさと終わらせようとテーブルの上に風無のパソコンを広げて様子を見始める。
その隣に風無が座って不必要な指示を出してくる。
「別に今回は起動は問題ないんだろ」
「うん。今日ホラーゲームしようとしててさぁ」
「ダウンロードは?」
「終わったはずなんだけどなんか開かなくて――」
今日もくだらないところで躓いてる予感を感じながらパソコンを操作していく。
隣に座って一緒に考えるようなポーズをしてる風無だけど、最初の状況説明を終えた後に風無が役に立つことはほぼない。
ゲーム上手い癖に機械苦手ってのも珍しいなと最初は思ったけど、今はそういう人間にも慣れた。
「で、ここから何した?」
「何もしてない」
「不思議なこともあるもんだな」
ほら役に立たない。
治そうといじった時点で何かしてんだろうが、と毎回言いたくなるけど言ってもパソコンは直らないから黙って原因を探っていく。
別に素人が直せるレベルだから毎回大した問題は起こってないんだけどさ。
「あ! そこそこそこ! それじゃない?」
「え。何が?」
「それクリックしたら開かない?」
「いや、これ開こうとしたらこうなるんだろ」
「あー、そうなのね」
役に立たないねぇ~。
配信してたらコントになりそうな役に立たなさ。
雰囲気とか喋り方はしっかりしてるように見えて普通にポンコツなのがギャップ萌えポイントなんだろうな。ファン的には。
「うーん……」
「ま、普通に直りそうだけどな」
「あ、本当?」
「多分ダウンロードし直すか再起動とかで……」
まあいつも通り時間掛ければ風無でも直せたレベルのエラーっぽい。
――と、そんな感じで、いつも通りに風無のノーパソと向き合ってたんだけど。
「……あれ――?」
ふと違和感が頭をよぎる。
今日っていつも通りだっけ? 何か違うんじゃなかったっけ? そもそも人数が違うんじゃなかったっけ……?
そこまで考えてようやく、振り向いた先で体育座りしてた八坂に気づく。
「……なんか座敷童子いるんだけど」
「えっ? ……ああ、すみれ? 何してんの?」
まるで中学の頃、全く体育の授業を楽しめなかったかつて俺のような無表情の体育座り。
八坂のこんな顔は初めて見た気がする。
俺と風無が振り返って話しかけると、俯いていた八坂は少しだけ顔を上げて。
「……チャ……チャ……る」
「え? チャ?」
「……チャ……チャ……てる」
「チャるチャる?」
「――お姉ちゃんが闇也先輩とイチャイチャしてるううううううううううううう!」
「はっ!?」
「いや何言ってんだ……」
急に爆発したと思ったら、俺達を指差して変なことを言い出す八坂。
「今日は風無のパソコンを直すって話で……」
「それはそんな近くに座ってやる必要があるんですか!?」
「それは」
……うん。ないな。役に立ってないし。
ということでこれは風無に反論させることだと判断して隣を見る。
見てみると、確かに近い場所に座ってる風無は一瞬こっちを見た後、すぐ目を逸らす。
「いや……私は持ち主だから、指示しないといけないし……」
「お姉ちゃんが役に立ってるところあった!?」
「いや……それはあるでしょ、ねぇ?」
「いやなかった」
「闇也!?」
だってなかったんだもん。
「ほら! それに指示するだけならそんな近づく必要ないもん! 途中で何回か触ってたのも必要ないもん!」
「さ、触ってはないでしょ!」
「触ってたよ! 無意味に肩叩いたり不意にぶつかったりしてたもん!」
「ぶつかるのは……仕方ないでしょ」
「近づかなければよかったもん!」
「いや……だからそれはわざとじゃ……。闇也も、なんか言ってよ」
「傍から見てると楽しいなこういうのって」
「何言ってんの!?」
だって自分のために他の人同士が喧嘩する普通ないじゃん。
「やめて! 私のために争わないで!」って言ってた人達も多分争う相手を見て快感に浸ってたと思うよ。
「まあ、俺は別に何も気にしてなかったから何とも言えないし」
「それなら……私も何も気にしてなかったけどね?」
「嘘つきお姉ちゃん」
「はぁ!?」
微笑ましい姉妹喧嘩ですこと。
それから、二人の間では、多分幼少期の頃からこんな感じだったんだろうなって想像させられるようなやり取りが繰り広げられた。微笑ましかった。
とりあえず、俺関係ではあるけど、俺が出る必要はなさそうだったから、二人の姉妹喧嘩をBGMにして、俺は一人でパソコン修理を進めていった。
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