俺の大ファンらしい後輩Vtuberが実はお隣さんでした
山田よつば
第一章
第1話 引きこもりバーチャルユーチューバー
Vtuberの仕事は基本的に家で全てが完結する。
それがこの仕事の好きなところ。
ただ、人間である以上どうしても外に出ることを求められる時がある。
それは、打ち合わせのために俺が渋々事務所に来ていた日に起こったこと。
「はーっ……これでいいですか」
「オッケー。要望通りには近づけてみるわ」
「お願いします」
マネージャーの
「じゃ、俺は帰りますから……」
「ご飯でも食べてく?」
「じゃ、俺は帰りますから……」
「はいはいお疲れ様」
「はい――……ん」
そこでようやく帰れると喜び勇んでエレベーターに向かおうとすると、何故か小柄な少女が俺が扉を開けた先に立っていた。
高校生くらいの可愛いツインテールの女の子は、口を一文字に結んで小刻みに震えながら俺の方を見てた。
「? ……真城さん、この子……」
「ああ、すみれちゃんじゃない。今度デビューする後輩よ」
「あぁ」
そりゃ、この事務所にいるんだからVtuberかと納得しつつ、生身の状態じゃ俺が誰かわからないだろうから、自己紹介くらいはしようとする。
「俺は――」
「――あの! やややや……『闇也』しゃん――でしゅよね」
「えっ。ああ、知ってたんだ」
「こっ、声で……」
「ああ――ありがとう」
その時、俺はわりと配信見てくれてんのかなと思ってお礼を言った。
至って普通の調子で。
ただ、直後、女の子の様子がおかしくなって。
「………………――ぐふっ」
「ぐふっ!?」
漫画みたいな音を口から発した女の子はその場にへたり込んで動かなくなる。
それを見て「大丈夫か!?」と俺が顔を覗き込むと、彼女は何故かめちゃくちゃ幸せそうな顔をしていて。
「ぁぁ……闇也しゃん……しゅきです……」
「…………やべぇ後輩来たんだけど!」
それが俺と
◇◆◇◆◇
世の中にはバーチャルユーチューバー、通称Vtuberなる不思議な職業が存在する。
いわゆるYouTuberと収入を得る方法はあまり変わらなくて、YouTubeの広告収入とか「これ紹介してくれませんかー」みたいな案件の報酬とかでお金を貰うわけなんだけど、その動画の中で自分を映すわけじゃなく、イラストや3Dモデルのキャラを「これが自分です」と言い張って映すのがVtuber。
要は、アニメキャラがYouTuberになったようなもんだと思ってくれればいい。
最初は一人がやり始めた手法だったんだけど、その人が話題になるにつれて爆発的に広がった結果、カメラを使って簡単にキャラと自分の顔の動きを同期できる便利なアプリもできて、Vtuberをプロデュースする事務所なんかもできていった。
今やYoutube始めるならとりあえずVtuberになっとけぐらいの勢い。
別に面白ければ人気になって面白くなければ忘れられるのはどこの世界でも同じだから、Vtuberになれば人気者になれるってわけじゃないんだけど。
ネットの世界は非情なり。
かくいう俺も『バーチャルライブ』という事務所に所属してるVtuberで。
多少FPSが得意ということもあって基本的に好きなゲームの配信ばかりしてる。というかそれしかしてない。
かつて「好きなことで、生きていく」と言ってたあの人達に収入では敵わないかもしれないけど、好きなことしかしてない度では負けない自信がある。
家にいるのが何よりも好きな俺にとってこの仕事はまさに天職。会社が爆発しようが家が爆発しようが俺はこの仕事を手放すつもりはない。
ああ、家最高……エアコン最高……。
【ピンポーンピンポピンポーンピピピンポーン♪ ピンポピンポーン♪】
……なんか子供がイタズラしてるな。
とりあえず扉の前に誰がいるか確認してから扉を開けると、黒髪ロングの見慣れた顔が立っていた。
「……遅いんだけど?」
「唐突なんだけど?」
「隣なんだからいいでしょ別に」
そう言って自分の部屋のように俺の部屋に入ってくるのは、俺と同じタイミングでデビューした同期のVtuber、
同期ってだけなら普通なんだけど、風無の場合は何故か同じマンションの隣の部屋に住んでる。
「今日の夜配信しようと思ってたのにパソコン変になっちゃって」
「何した?」
「何もしてないんだけど」
「不思議なこともあるもんだ」
世界中の何もしてないのに壊れたパソコンの数を考えればもうそろそろ世界七不思議に数えられてもおかしくない。
と言ってもこんな感じで機械音痴の風無がノーパソを持ってやってくるのは週一くらいであることだから、動じずにパソコンを起動する。
「どうする? お礼に今日の夕飯でも作ってけばいい?」
「俺の部屋の食材で作れるものなら」
「何も作れないでしょそれじゃ」
俺の部屋にはネット通販から届くカップラーメンかパンしかないからな。
お礼に何かしたいならお湯を沸かしといてもらえると若干助かる。
「いや食材くらい向こうから持ってくるけど……」
「それもう俺の部屋で作る意味なくね」
「あ、確かにね。私の部屋で食べる?」
「気まずいから嫌だ」
食事なんて腹に入れば何でもいい物のために自分のテリトリーから出たくない。
風無とは同期としてコラボしたりしながら四ヶ月くらいやってきたけど、食生活気にかけてもらうような仲になった覚えはない。ママか。オギャりブームももう過ぎたぞ。
「いや、確かに気まずくは――あれ……部屋に妹がいること、闇也に言ってたっけ?」
「……妹?」
「言ってないよね?」
「どのゲームの話?」
「いや現実現実」
「へぇ」
つまり風無は現実に可愛い妹がいると思い込んでると。可哀想に。
別に妹がいるか訊いたことなかったけど、確か風無は一人暮らしだったし。
「高三なんだけどさー。ちょっと理由があって、私の部屋に住ませることになって」
「その理由次第では信じる」
「だから本物の現実の話だって……。理由はー……話した方がいいのか迷ってるんだけど」
「嘘だな」
「だから疑うところから始めるのやめてくれない!?」
だって怪しいんだもん。
まあ、普通に本当の話ではあるんだろうけど、話すか迷う理由ってなんだ。
「まあ姉心的に怪しい男に妹のことを教えたくないのは理解はできるけど」
「ああ、怪しいって自覚あったんだ……」
「部屋から出ないからな」
きっとなんか罪を犯して警察に捕まったら周りの人に「部屋から出てくるところもあまり見ませんでしたし……」とインタビューで話されることだろう。
「ま、はっきり話せるようになってから話せばいいんじゃね。俺が配信で『風無の妹がさぁ!』って口走っても困るし」
「あんたはどこまで脊髄で雑談してんの……?」
「全部。……っと、ほらよ。何もしてないのに変になったノーパソ」
「あ、直った?」
「直った。変になった時は俺のとこ持ってくる前にGoogle先生に『パソコンの状態がこうなんです』って聞いてから来た方がいい」
「聞く時間あるなら闇也に持ってった方が早いし」
「おい」
それで削られるの俺の時間なんだけど?
「じゃ、ありがとね……ああ、なんか作ってった方がいい?」
「いいよ。風無が出てったらすぐ配信始めるし」
「ああ、また配信すんの……わかった。じゃ、邪魔者は帰るから」
そう言って、風無は手を振りながら玄関の扉を開けて出てく。
時刻は午後六時。お腹も空いてないし、ということでPCを起動してすぐにYoutubeから生放送を始める。
「あーい。なんかゲームやるぞー。聞こえてるかー」
収録して動画投稿してるVtuberもいるけど、俺や風無はもっぱら生配信だけ。
編集やらをしなくていいのは単純に楽だから俺に向いてる。
「風無と? いや、今日はとりあえずソロでいいだろ。暇そうだったら誘うけど」
ただ、もし一人暮らしじゃなくて、長時間配信できる環境がなかったら、俺も家族がいない隙に収録して動画投稿して、みたいな活動をしてたのかもしれない。
……それで言うと、そういえば風無は一人暮らしじゃなくなったみたいなことを言ってたけど――
「……あいつ今、配信できんのかな」
Vtuberに理解のある妹だったりするのか?
話半分で聞いてたけど、今更になってそこだけは気になった。
◇◆◇◆◇
「……っふー。おつかれー。また今日の夜配信するわー」
午後八時頃。
『おつ闇ー』『また後で』『今が夜だろ』とコメントに見送られながら配信を終える。
別にまだまだ配信はやれたんだけど、一旦飯でも食おうかと配信を切ったところ。
配信終わりの余韻に浸って適度にゴロゴロした後、パンを漁りに立ち上がろうとする。
「……このタイミングで」
ただ、そんな俺に「立ち上がっちゃいけない」と神が言っているのか、マネージャーの真城さんから着信。
渋々ゴロゴロしながら電話に出る。
『もしもし? 今大丈夫だった?』
「俺は配信中以外なら大体大丈夫なんで」
あるとすれば宅配便を受け取ってる時くらいだから。
「それで、どうしたんですか」
『雑談よ』
「あれ、マネージャー……?」
もしかして暇なの……?
それはうちの事務所に仕事がないからもう少しで潰れるということを暗に伝えて……?
『まあ一応伝えたいことはあるんだけど。すみれちゃんの初配信日、覚えてなかったらどうしようかと思って』
「ああ? ……ああ」
『最近もやり取りしてるじゃない』
「……まあ」
すみれちゃん、というのは、俺が事務所でたまたま会った、同じ事務所の新人Vtuber。
いわゆる後輩。
まあ、後輩ってだけなら、俺にも既に何人かいるんだけど、この八坂すみれは若干ぶっ飛んでる。Vuberは大体ぶっ飛んでるけど、この後輩はかなりぶっ飛んでる。
八坂は元々闇也のファンだったらしくて、事務所で闇也と会えたのが嬉しすぎて倒れたっていう狂気じみた事件があったんだけど。
それだけならともかく、動画投稿より早めに活動しだすTwitterでも、八坂は既に俺に直接絡んできてる。
俺は淡々とツイートしてるだけなのに『闇也先輩のファンです!』『配信最高でした!』『闇也先輩……好きです』とクソリプが飛んでくる。もはやただのファン垢。
そこまでやっちゃいかんでしょ、と真城さんに「あれいいんですか?」と聞いたこともあったけど、事務所としては『面白い人材だからいい』ということらしかった。
そういう方針で人採ってるといつかヤバい奴引くぞと俺はまともな人間として提言したい。
『あんなにデビュー前から仲良いんだから皆コラボも期待しちゃうじゃない?』
「いや仲良くしてる憶えは全くないんですけど」
『返信はしてるじゃない』
「『はい』とか『ありがとう』しか返してないですよ」
『それが逆に面白いのよ』
『闇也先輩のファンです!』『はい』『配信最高でした!』『ありがとう』『闇也先輩……好きです』『はい』……確かにちょっと面白いな。
『まあ、コラボとかそういうのは闇也君次第だけど、絡みもあるんだし、一応初配信くらいは見てあげてもいいんじゃない? と思って。後輩のためにもなるしね』
「はあ……まあ、暇なんでいいですけど」
『ありがと。るりちゃんも喜ぶと思うわ』
それから、真城さんには初配信の時間を教えてもらい、通話を終える。
別に俺も鬼じゃないし、後輩のためと言われたら、ただの暇人として誰かの配信くらい見る。風無も喜ぶってのはよくわからなかったけど。
とりあえず忘れかけてたパンを持ってきてスマホを開くと、Youtubeに『【初配信】八坂すみれ、行きます!【バーチャルライブ】』という配信ページを見つけた。
パンをもちゃもちゃ食べ切って『声楽しみー』『配信間に合ったー』『闇也おる?』と流れる配信のコメント欄に「いねーよ」と呟きながら待ってると、数分後には静止画の画面が変わって配信が始まる。
『……皆ー! 聞こえてますかー?』
配信画面に黄色いツインテールの快活なキャラが映ると、それと同時にそのキャラにめちゃくちゃフィットした元気な声が聞こえてくる。
とりあえず『きた!』で埋め尽くされるコメント欄。
『す、すごいたくさん人が……! 一応私も緊張してて……』
なんて言いつつ、八坂は結構はっきりと喋れてる。
確か風無の時は『え、ええ……こんな人来ると……思って、なくてぇ……』ってオタクみたいな感じだったし。それを思えば有望な新人だ。
あとは、風無の時は何喋っていいかわからなくて困ってたっけな。
ただ、八坂の場合は既に『闇也ファン』ってネタがあるから、
『あ、そうですね……闇也先輩! 見てますかー! 私配信してますよー!』
と、なんか俺を使って盛り上がってる。
反応するか迷ったけど、見てることくらいは発信しといた方がいいかと『見てる』と、一応Twitterの方でささやかに反応しておいた。
それからも、あまり新人らしくない堂々とした喋りで配信を続けた八坂は、特にミスらしいミスもせず、一時間ほどコメントの質問に答えたりして配信を最後までやり切った。
『今日はありがとうございました! 楽しかったです! 闇也先輩もありがとうございましたー!』
なんだかんだでそんな配信を一時間見てた俺は、最後に『おつ』とだけコメントして配信ページを閉じた。
「うん……」
まあ、なんだ。意外とやるな、というのが一番最初に出てきた感想。
ただ、俺のファンってだけの子かと思ってたけど、普通に配信も面白かったし、俺とのやり取りもちゃんとネタに昇華してた。
もしかすると、あそこまで計算してTwitterで俺に絡んでたのかもしれないし、別に毛嫌いするほどヤバい奴じゃなかったのかもしれない。
最初の印象がヤバ過ぎてあんな奴に関わってもいいことはないと思ってたけど、ネットでなら、別に問題ないのかもな。
「……ん?」
と、珍しく誰かの配信の余韻に浸ってると、風無からのLINE。
『今出れる?』
『どこに』
『部屋の前でいいんだけど』
「……こんな時間に」
何の用かせめて先に言いませんか。
風無がこんなことLINEしてくるのは珍しいなと思いつつ『何の用で?』と確認する。
すると、
『妹の話できなかったから。もう言ってもいいかなって』
「妹の話……?」
そんな話ししたっけか。
…………ああ、したわ。
全く気にしてなかったけど、そういえば言ってたわ。
なんか、理由があって言うか迷ってたんだっけ。
だとしても……こんな時間にわざわざ報告されるほど気になってなかったんだけど。
「まあ、行くか」
LINEで話さないってことは、なんかあるってことだろうし。
そこら辺を察するスマートな男の方がモテるぞっていう風無からの挑戦状だと受け取った。
会ってすぐに風無には「余計なお世話だ」と言うことにしよう。
とりあえずLINEでは『今行く』と言って、そこら辺にあった上着だけは羽織ってコンビニくらいは行ける格好で出ていく。
外に出ると、もう既に扉の前でスタンバってる風無。
ただ、風無の方から呼んだくせに、扉の前にいた風無は何だか申し訳無さそうな顔をしてるように見えた。
「来たけど」
「あー、うん。ごめんね、急に」
「いいけど」
そんな付き合ってもないのにフラレそうなテンションで話されると「ホントだよ何時だと思ってんだよ」とも言えないし。
「妹の話はそんな重大なことなのか」
「いや……うん……。迷ってたんだけど、さすがにずっとは隠せないし、と思って」
「俺に隠さなきゃいけないこととは」
「いや、闇也に隠すっていうか……」
妹に隠してたんだけど……と風無は呟く。
「まあ結論から言うと……妹もVtuberなんだよね」
「ああ……そうなのか? 事務所も同じ?」
「うん……バーチャルライブの、新人で」
「へー、まあ……いいんじゃないか?」
なんか裏口入学感があるけど。
でも、妹もVtuberなら機材も二人で使えるだろうしコラボもし放題だろうし配信してても変な目で見られないだろうし、良いことずくめじゃないか?
そんな憂鬱そうな顔で語ることには思えないんだけど。
「それで……Vtuberやるし、私の部屋来たらーって、言って」
「うん」
「もうこっちにいるんだけど……闇也のこと、話してなかったから」
「ああ」
まあ、そもそも妹が俺のこと知ってるかわからないしな。
「別に、Vtuberの先輩が同じマンションにいるんだけど、って軽く言えばいいんじゃね」
「いや……うん。そうなんだけど……」
そう簡単な問題じゃなさそうな顔をする風無。
さらに言うと、結構複雑な問題を抱えていそうな、今まで見たことのない顔をする風無。
妹を紹介するだけでそんな悩むことあるか、なんて呑気なことを考える俺。
しかし、後から思えば、その時の俺は鈍感だった。鈍感系主人公だった。
風無の妹は実はVtuberでした。実は同じ事務所の新人でした。それを今日このタイミングで紹介します。
そう言われた時点で、俺は全てを察することができたはずだったのに。
ミステリー物のように散りばめられた伏線は、頭の中に揃っていたはずだったのに。
「……――ふぇ」
その時、か細い小動物のような、それでいてどこかで聞いたことのある声が微かに聞こえてくる。
俺の前に立っていた風無が「あっ」と言って振り返った時には、風無の部屋のドアはいつの間にか開いていた。
「や……闇也しぇんぱい……?」
「え。……あー――八坂すみれ、さん?」
さっきまで画面の向こうから聞こえてた声が、マンションの廊下に響く。
それから、開いた扉から震えた足で恐る恐る出てきて、俺と風無を何度も交互に見た八坂は、最終的に気を失うように崩れて。
「――あぁ、夢だぁ~……」
ズルズルと、壁に肩を擦りつけながら床にぺたんと座り、静かに目を瞑った。
「……うちの妹、闇也のファンなんだよね」
「……知ってる」
知りたくはなかったけど。
こうして再び八坂と出会ったこの日が俺のVtuber人生を大きく変える日になったことは、あえて言うまでもない。
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