第22話 駒は動かすためにある

 美佐は一人でぼんやりとショッピングをしていた。本当はグループ行動でもいいから都村と出かけたかったのだが、都村には用があるのだという。親衛隊のメンバーだけでも遊びに行こうという話も出たが、美佐としては都村がいないのに都村の親衛隊と連んでも仕方がないので断った。他の面子は参加しているらしい。

 美佐は一応親衛隊のトップのような扱いをされているが、正直くだらないと思っている。ただ、都村に近付く人間を把握したり管理するにはちょうどいい。都村を嫌な気分にさせないようにするために。だから必要以上に絡もうとは思っていない。美佐にとっては彼らも都村に集る虫でしかないのだから。

 親衛隊のメンバーと出かける気にはなれないが、家にいてもなんとなく気分が塞ぐ。気晴らしに大好きなショッピングに来てみたものの特に気分は上がらない。

 ぽん、とスマホの画面にメッセージがポップアップされる。親衛隊のグループメッセージだ。集まりに参加しなかった美佐への気遣いなのだろうか、複数枚の写真が添付されている。楽しそうに騒ぐメンバーが写った写真が。そこにメッセージが続く。『すごく楽しいよ! 加納さんもこればよかったのに』と。美佐はそれを白けた眼差しで眺める。都村がいないのに何が楽しいというのか。失笑交じりで『ごめん、今日は外せない用事が出来ちゃったから。みんなで楽しんできて』と参加できなかったことを悔やんでいる風を装った心にもないメッセージを打ち込んだ。打ち込み終わるとすぐにグループを非表示にしてスマホの画面を落とす。返事は見ない。どうせおめでたい答えが返ってくることはわかりきっているから。

 グループメッセージを見たせいでより気分が下がった美佐は、親に与えられたカードで目に付いた気になったものを買い漁った。美佐の父親は会社役員をしており、比較的裕福で資金には困らない。しかし、いくら好きなブランドの靴やアクセサリーを買っても服やバッグを買っても気が晴れることはなく、ただ虚しさが広がるばかりだ。

 バッグからスマホを取り出し、画面をタップする。映し出されたのは友人の連絡先。彼女は親衛隊のメンバーではなく、本当の友人だ。彼女は都村には何の興味も抱いていない。美佐が都村の話をすればそれについて何かしらの意見は言うし、たまに苦言をもらうこともある。苦言については聞き流しているが、彼女は美佐にとって良き話し相手だ。何せ都村を狙う心配がない。


『ねえ、今暇? お茶しようよ』


 愚痴でも聞いてもらおうと思い、メッセージを打ち込む。するとすぐに既読になり返事が来た。


『今日は無理。用があるから』


 随分と素っ気ない返事だ。


『話聞いて欲しかったのに』

『私には私の都合がある』


 ごもっともである。諦めて一人ぶらぶら歩くことに決める。買い物にも飽きてきた、かと言って一人で家でいるのも嫌だ。もやもやとした気分のまま歩いていると、映画のポスターが目に入った。


「あ……」


 そのポスターが貼られていたのはシネコンが入っている商業施設だった。シネコンで上映されている作品のポスターが並べて貼ってある。その中には美佐が都村を誘って観に行こうとしていた作品があった。美佐はその作品に興味はなかったが、都村が原作を読んでいたことを知っていたので前売り券を買ってスケジュール帳に忍ばせていた。一緒に行けることを楽しみにして。しかし都村に断られてしまったので、チケットは未だスケジュール帳に挟まれたままになっている。


(一人で観てもね……)


 ふ、と美佐は寂しげに笑う。都村と観れないのであれば意味のない作品だ。正直な話、美佐には全く興味がないもので、何が面白いのかさえわからない。上映中の楽しみは都村の隣に座って彼を眺めることであり、作品自体はどうでもいい。せめて好きな恋愛もののチケットならば一人でも観に行くのだがと嘆息する。

 より暗い気持ちになってしまい、頭を振る。買い物疲れもあるので余計そうなるのかもしれないと、美佐は休憩することにした。ちょうどこのファッションビルには幾つかの飲食店がある。どこかのカフェにでも入ろうと辺りを見回して、見つけた。見てしまったーーーー愛してやまない彼が二人きりで他の相手といる姿を。彼がその相手を愛しげに見つめる姿を。

 その相手ーーーー柏木柊夜が都村にとって特別になったのだと美佐は悟った。ギリ、と奥歯を噛みしめる。涙は出ない。浮かんだのは憎悪。

 何故特別など作ったのか。どうしてそれが自分ではないのか。ずっとそばにいて、何度も身体を重ねてきたのは自分だ。特別を作らないなら、我慢できた。特別を作るならそれが自分でなくては我慢ができない。

 都村を奪おうとする柊夜は美佐にとっては悪魔に等しかった。悪魔を葬りたい。しかし悪魔に手を出すのは得策ではなかった。そんなことをすれば都村は美佐を許さないだろう。嫌われてしまう、それだけは死んでも嫌だった。


(そうだ)


 美佐は楽しげに会話する都村と柊夜の姿を写真に収める。そしてそれをメッセージをつけてグループチャットに投下した。


『藤真くんにも特別ができたみたい。寂しいけれど、彼の幸せを見守りましょう』


 都村を非難することなく柊夜を貶めることもなく、ただ寂しさを滲ませながらも理解を示す。やったことはたったそれだけ。もう美佐がすることは何もない、あとは駒が勝手に動くのだから。





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