第21話 顔のいい人間は自分の顔の使い所が分かっている
シネマ・コンプレックス――――それは複数のスクリーンが集う場所。いろんな映画が一箇所で見れてしまう便利スポットだ。パンフレットやグッズ、通常メニューやコラボメニューが買える売店も楽しみの一つである。先日約束した通り、柊夜と都村は映画館に来ていた。
観に来たのは『
すでに小説家として活動している作家が別名義で自作品とは異なるジャンルや作風で作品を発表している……などという話もあり、そういう作品を見つけるのも醍醐味の一つと言える。
柊夜はコミカライズされた『やろう小説』の原作を読みにいくタイプで、都村は好きな作家の別名義作品を探すのを楽しみとしているタイプだ。そんな二人が行き着いた共通の作品が『DDDシリーズ』である。
『DDDシリーズ』は書籍化後マニア層からの支持を受け、コミカライズはしなかったものの実写化したという経緯を持つ。今回映画になったのは主人公がサークル合宿に参加して、合宿先で殺人事件が起こるというものである。『DDD』では主人公の行く先々で事件が発生するので、某頭脳が大人で体が子供の探偵や爺さんの名前をすぐに持ち出す探偵を彷彿とさせる。起こる事件がすべて殺人なので、あの有名二作品より正直エグい。平和さがないところがマニアの心を打った。
上映時間まで時間があるので、柊夜と都村は売店を見て回ることにする。売店には上映中の作品のグッズが所狭しと並んでいる。こういったものを買わずとも物色するのは楽しい。レジでは公開予定作品の前売り券やパンフレットも並べられている。めぼしい作品がないかと眺めていると、超有名バスケアニメの前売り券に目が止まった。原作本はバスケ男子のバイブルとも言えるもので、隅から隅まで読み込んだ大好きな作品だ。
(え、マジか。アニメ映画化すんの?)
アニメ化されて長い年月が経ったのだが、どうやらこの度新作が発表されるらしい。そわそわとした気持ちになる。観に行きたいかもしれない。
(そうだ、ハルもこの作品好きだしハルを誘って……)
「何、見てるの?」
都村がいつの間にか背後に立っていた。柊夜が眺めていた前売り券を覗き込んでくる。
「あ、これ、オレも知ってるよ。シュウくんはバスケやってたって言ってたね。好きなの?」
「え、まあバスケやる奴らにとってはバイブル的存在だしな」
「これも一緒に観に行こうよ」
「お前が? アニメを??」
意外な組み合わせ過ぎる。柊夜がぽかんとして都村を見つめると、都村はにっこりと笑った。
「うん。シュウくんの好きなものが観たいと思って」
「今日観るやつも好きな
「共通なもの以外も観たいんだ。君のこと知りたいって、言ったでしょう?」
ね? と美形が小首を傾げる姿は何ともあざとい。柊夜が怯んでいると、都村は更に畳みかけて来る。
「お願いだよ、シュウくん」
都村は柊夜の手を取ると両手で握りこみ、上目遣いで言ってきた。顔がいい人間の上目遣いは凶器だ。キラキラのエフェクトがかかっている気がする。柊夜は眩しさにやられてしまい、
「イイヨ」
うっかり承諾してしまった。
「ふふ、うれしいなぁ。次のデートも楽しみだな。いつ行こうか?」
「……はっ! 今俺は何を……」
都村の嬉しそうな声で柊夜が正気を取り戻す。陽葵を誘おうとしていたのに、都村と約束を取り付けてしまったことに焦る。
「ちょ、都村、今のナ……」
シ、と言おうとしたときには遅かった。
「楽しみにしてるね、シュウくん」
都村は精算し終えた前売り券二枚をひらつかせる。
「オレ、この映画行ける相手シュウくんしかいないんだ」
『だから券、無駄にしないよね?』とでも言うような都村のキラキラ笑顔の前に柊夜は断り文句を飲み込むのだった。
◆
「ここでいいかな」
「ん」
映画鑑賞後、二人はシネコンが入っているビルの一階にある全国にチェーン展開もされている喫茶店に入った。有名店であり、立地の関係もあって客の入りは多い。
席に着くと柊夜はすぐさまメニューを広げた。コーヒーの種類のチェックである。コーヒーとしてはアメリカン、コーヒー、本日のブレンドコーヒー、カフェラテと四種類らしい。勿論アイスかホットかは選べる。産地はブラジル豆使用とだけある。
柊夜は普通のホットコーヒーを選ぶことにした。都村はブレンドコーヒーだ。卓上ベルで店員を呼び注文内容を伝える。店員はササッと伝票に書き込むとすぐに下がった。
店員が下がるのと同時に二人の視線がぶつかる。
「映画面白かったね、シュウくん」
「原作に忠実でありながら途中で補足的に挟まれたオリジナルシーンに感動を覚えた。原作へのリスペクトが深い」
「いつもはもう少し物足りない感じがあるけどね。端折っちゃったみたいな」
都村の言葉に柊夜は首肯した。『DDDシリーズ』が実写映画化してから五作目だが、前四作まではそこそこ面白いけれど何でこの場面を端折るかなとツッコミたくなるようなものだった。しかし今回の五作目は大事な部分を補足するような場面が追加されており、中だるみの場面はカットされ原作よりも面白くなっている。
都村がパンフレットを取り出し、指先でページを捲る。
「あ、脚本の監修に原作者になってる」
「マジか」
エンドロールを観ていれば分かったはずの情報だが、二人ともエンドロールはちゃんと観ない派だった。二人はあくまで本が好きであり、映画は本編さえ観たら終わりなのだ。
「いつもこのくらいの出来だといいのにね」
「それな」
作品への感想を話しているうちに店員が注文の品を運んできた。柊夜の目つきが変わる。カップを鼻に近づけコーヒーの香りを聞き、それから口にコーヒーを含んだ。ブラジル産のサントスのようだが、特徴である苦味、酸味、コクのバランスや苦味の中に甘さを感じることができない。
「うーん」
「どうしたの?」
「ミルク足す」
コーヒーと共に運ばれてきたミルクピッチャーを手に取り、たっぷりとミルクを入れた。砂糖も一つ落としてぐるぐるとかき混ぜる。普段こういった飲み方はしないのだが、そうしたくなるくらい苦味だけが突出した味だった。おそらく作り置きしてあったものなのだろう、煮詰まってしまっている。ミルクを入れて誤魔化せば飲めなくはない。飲めなくはないが残念に思う。カフェを名乗る以上コーヒーの扱い方には注意して欲しいものだと内心憤っていると、都村が不思議そうに柊夜の手元を見ていた。
「あれ?ミルク入れる派なんだね。意外だな。前回はカフェラテ飲んでたから気が付かなかったよ」
「……まあ、今日はそんな気分になったから?」
そうしないと飲めない、飲みたくないというのが柊夜の本音だ。口には出さないが。
「ミルクを入れるシュウくんか……いいね、かわいい」
都村が頬杖をついて柊夜を見つめてくる。
「いや、意味がわからん」
柊夜は真顔でツッコんだ。ミルクとかわいいの繋がりが分からない。しっかりと攪拌してカップの中身が綺麗な褐色になったところで手を止め、ソーサーにスプーンを置く。
「シュウくんのことが好きだから何でもかわいく思えちゃうんだよ」
「お前なぁ……そうやってすぐ好きとか言うのやめろって。勘違いする奴出てくるぞ、気をつけろよ。ストーカーが大量発生するぞ」
男には興味のない柊夜でも麗しいご尊顔で好き好き言われると、ちょっぴりドッキリするではないか。好きになった相手がタイプではあるが、整った顔立ちには弱いのだ……なんてことは思ってても口にはしない。
「言わないよ?」
「すぐ言うじゃん。何回言われたことか」
柊夜が笑いながらミルクたっぷりのコーヒーに口を付ける。
「『かわいい』は他の子にも言ったりするけど、『好き』はシュウくんにしか言ってないよ。自分から色々したいと思ったのはシュウくんにだけだし」
ブフッ!
都村の言に柊夜はコーヒーを盛大に噴き出した。そして噎せる。コーヒーが気管に入ってしまって、なかなか咳が治まらない。噎せながらもテーブルに備え付けられている紙ナプキンを取ってテーブルと口元を拭く。
「………っ、な、何言って」
柊夜が問うと、都村からは意味深な笑顔を向けられた。
(色々って何!!! エロくさい表情をするな!!!)
柊夜は動揺する。脳内はパニック状態だ。
「あはは、パニクってる。かわいいなぁ」
都村が楽しそうに柊夜を眺める。
「テメー! #揶揄__からか__#ったな!!!」
柊夜はおかんむりになったが、都村の巧みな話題逸らし技術によってブラン・ノワールが如何に素晴らしいかの話にすりかえられていつの間にか機嫌を取られてしまっていた。こうして都村と柊夜の初めてのお出かけは終わったのだった。
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