第2話 おもひでは突然に

「あ、二人でーす」


 そう答えた客は柊夜と同世代の女性二人組だったのだが、そのうちの一人に見覚えがあった。

 見覚えがあるどころではないーーーー元彼女だった。


「こちらにどうぞ」


 動揺を顔に出さないように『俺は往年の名俳優……俺は往年の名俳優!』と自分に言い聞かせて笑顔を貼り付け、ワントーン高めの声で柊夜は2人を席へと案内する。

 元彼女である中野あずさとは高校一年生の時にほんの短い間だけ付き合っていた。

 当時彼女はいかにも女の子といった感じの可愛らしさで、校内の男子から割と人気があった。一方柊夜はと言うと、クラスでもあまり目立つ方ではなかったし、モテているわけでもなかった。

 バスケ部に所属していたこともあり多少は仲の良い男子生徒もいたが、女子人気は特になかった。

 きっかけは学校行事だった。柊夜の通っていた高校では五月なかばにクラス対抗球技大会ーーーー通称・クラスマッチが開催される。新しいクラスメイトに慣れてきた頃にクラス内の団結力やら絆やらを高めたり深めたりするのが目的らしい。

 クラスマッチでは何種類かの球技別に分かれて熱い戦いを繰り広げる訳だが、その中でも柊夜は慣れ親しんでいるバスケを選んだ。

 柊夜のクラスは男子バスケで準優勝した。その後だ、あずさが柊夜に声をかけてきたのは。

 クラスマッチ後打ち上げでカラオケに行くことになったのだが、柊夜は大所帯でのカラオケが苦手だ。

しかも知り合ってから間もない面子ばかりで余計に気後れしてしまう。

柊夜は時折クラスメイトと言葉を交わすほかは、人が歌っているのを聴きながらコーラを片手にフライドポテトをもさもさと食べていた。そこに、あずさがやって来た。

 あずさは柊夜の隣に座ると、柏木くんカッコよかったねと言った。ありがとうと返すと、彼女が手を握ってきて驚いた。そして言ったのだ、上目遣いで。柏木くんのことが好きになったみたい、と。

 男子人気の高いあずさが何故自分を、と疑問に思ったが、付き合うのは嫌かと訊かれれば答えはNOだ。告白されたのは生まれて初めてなので単純に嬉しい。それも人気のあるかわいい娘からだと思うと悪い気はしない。恋愛事に興味がないわけでもなかったので、ひとまずお付き合いを始めてみることにした。

 こうして交際を始めてはみたものの、なかなかラブラブという状態にはならなかった。柊夜には休日も部活があったので一緒に登下校することも叶わず、精々昼休みに一緒に弁当を食べるくらいしかできない。それでもあずさは楽しそうにしていたし、そんな彼女を柊夜も好きになっていった。

 部活のない休日に一度だけ遊園地に行った時に初めて手を繋いだが、とても幸せな気持ちになったことを覚えている。あずさのことを好きだなと思うにつれ、柊夜はもっと先に進みたいと思った。

 次にデートをするときにはキスをしたい。そんな風に思っていたら、ある日彼女から唐突に別れを告げられた。

 彼女の父親が転勤することになり、彼女も転校することになったと。夏休みには転校先に引っ越すのでもう付き合えないと。

 ごめんねと言って、彼女は泣いた。そうして二人の交際は幕を閉じた。柊夜にとっては懐かしくもほろ苦い思い出だ。


「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」


 水を注いだグラスとおしぼりを置いてメニューブックを渡し、踵を返す。

 するとすぐに呼び止められたので、彼女たちの席へ引き返した。


「私、ストロベリーワッフルとアイスティー! エリは?」

「あたしはぁー、うーん。季節のフルーツタルトとミルクティーのホットかな」


 注文を受ける間、ちらりとあずさを窺う。元々可愛い顔立ちをしていたがそこにバッチリメイクを施しているので昔よりも華やかな印象になっているし、話し方も以前と違う気がするが柊夜は一目見てすぐにあずさだと分かった。

 しかし、あずさは柊夜に気づいていない。

 柊夜はこの店の手伝いを始めるにあたり、自称【美の匠】である姉による大改造!ビフォー・アフターを施された。特に目立たない風貌も無頓着だった服装も、劇的に変えられた。

 それから柊夜を見る周囲の目が変わったのだが、全ては別れた後の出来事だ。彼女がその事実を知る由もない。

 オーダーを復唱し、そそくさと場を下がる。カウンターの叔父にアイスティーを頼んだところで、陽葵が近寄ってきた。



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