第十七話

「第一段階終了、やな」

「そうですね。第一段階は終了しましたね」

?」


 ワートとが。

 アートとウッパニシャッドの言葉セリフを自然とオウム返したときだった。 


「――――!?」

 

 アートの肉体にすが煌々こうこうと燃え上がる炎。ワートの視線の先には、歪んで見える大気。可視化されるほどに歪んで見えているという、その意味は、莫大な熱量が発せられているということ。

 それでいて、自分の全身に触れる空気は冷たい。

 こんな狭い穴の空間で、大気が歪んで見える熱量が発せられているとしたら。本来、自分の肉体から焼けた臭いが、している。

 はず、なのに。

 ――――臭いが――しない。

 まがいだが、自分は知っている。人が焼ける臭いを。自分の不注意で、髪を燃やしてしまったときに、言われた。

 その臭いが――――人が焼けた――臭いだと。

 あの、とてつもなく嫌悪感のする臭いが、自分の肉体からしていない。

 と、

 言うことは。


 ワートにしては奇蹟と呼んでいいほどに、冷静な思考をしていた。

 

 アートの周辺を見回す――――全ての物質に――変化がない。

 

 崩れた瓦礫の山や穴の壁、ましてや直接接触している地面が灼熱に変化することなく、そのまま、だった。

 アート自身も、そのまま、だった。

 炎を纏っているのに、衣服も肉体すら、燃えていない。

 

 ――十三英雄、筆頭である。

 ――――アート・ブラフの力の凄さを魅せられているのだと、気づいた。


「ふふん」


 不思議と嫌味が伝わってこない、不敵な笑い。

 一歩、前に足を出した――瞬間!


「マスター! 魔王、アート・ブラフを倒すのです!」

「ま、まおう! アートさん……が……」


 視線が釘付けな、ワートに。

 笑っているだけで、答えないアート。


「マスター――ワート!」


 さん付けで、ワートを呼ぶウッパニシャッドが上擦りながら、名だけを叫ぶ。

 

 天を穿つらぬく視線で、微笑を含んだ唇が動いた。


「騙されるな、ワート。ウパニシャッド、こそが、魔王だ。お前が持っている剣に、俺の全ての力を使って、封じ込めた」


 一音、一音、が正しく発音された落ち着いた口調で、諭す。


「ァ」

「ワート! あの男の言葉を信じては、駄目です!」

「で、も、」

「真実を教えます!

 私が、十三番目の英雄、なのです。

 自身が剣の姿になり。魔王、アート・ブラフを剣のなかに封じ込めたのです。復活させないために、対魔大戦の歴史から私のことを抹消するよう同士たちに頼んだのです」

「そ、そ、ん、な、」


 唇を横に引く。

 ぞっとする、歯をむいた、笑みで。


「ワート、ボクヲ、シンジテ、クレナイノ、カイ」


 のっぺりとしたうめき、と、呼気こきを吐く。



「魔王、アート・ブラフが、あなたにしてきた数々のな行いを思い出せば、どちらが真実を語っているのか! ワート、あなたなら理解できる筈です!」


 断言した、ウッパニシャッドが。


「おい、ちょ。ひぃ、卑怯やぞ! それ言ったら、俺、完敗やんけ」


 アレ、あの独特の口調…………に…………アートさん…………戻って…………ま…………せん…………。


「お~い、よく、考えろ。ワ~ト~! 俺が魔王やったらやで、再度、封印できる剣を渡すわけないやろ、普通に考えたら。な、な、」


 あれ、アートさんの目の挙動がおかしいです。きょろきょろ、してます。それに、纏っていた炎、消えてるんです、けど。


「あきまへん。あーと、あーと。口調、それと、チャクラチャクラも、消えてます、がな」

 

 ぅん? ししょう。

 も、

 アートさんのあの独特の口調に、微妙に似ている口調になってます。

 

 これ――――わたし――また。


 一気に高まった危機的状況から、たぶん大丈夫なことに状況が変化している、な、と、結論づけました。 

 お二人が、独特の口調で話されているときは、マンザイという喜劇のご親戚ぽいことをされているときですから。

 現状を正確に把握するために、しばらく静観することにしました。



 毅然きぜんと胸を張りながら、


「クッ、クッ、クッ、クッ、クッ――ハハハハハ!!!!! 選ばれし者――新しき英雄、ワート! そして、十三英雄、筆頭、ウパニシャッド!」


 強引に話を仕切り直してきました。

 ――アートさん。


「ま、まおう。あ、アート・ぶぅ、ブラフ!」


 お遊戯会での演技なら、ギリ、セーフです。と言いたいところですが。セリフ、噛み、噛み、です。

 ――ししょう。


 わたし。

 アートさんとウッパニシャッドさんししょうにお会いしてから、幾多の経験トラブルにより。よく理解できないけど、何とかして生き残るサバイバル精神が培われました。

 短期間で急成長。

 おかげで、そこそこ慣れてきましたよ。

 この――流れ。



 ワートの眉がひそまり。


「お芝居してますよ、ね。お二人」

「……………………、……………………」

「……………………、……………………、……………………、……………………」


 

 それなりに硬度があると自負していたウッパニシャッドのグリップに、ワートの烈火の握り込む力を感知し、ピンチ――ライフ!

 即座――決断――行動。

 一○八もある秘儀、秘説なかの一つ――掌返し。


「マスター。脚本、演出、総監督、全てアートです。あと、うッぅぅぅぅぅ」

「ち……ぃ……ちゃう……ねん……。ちょ……っと……そこ……で……お……お茶……して……やな……。これから……の……こと……を……お……おはな……し……しま……せ……ん……」

「アートさん。be quietお静かに!」


 小さな愛らしい唇で、つぶやく。

 と、

 首を傾けた化性けしょうのワート。

 じろり青く炯々けいけいとした視線で、アートの両眼をえぐる。


Yesはいma’amお嬢さま!」



 アート・ブラフという人物。

 十三英雄、筆頭だったのか? それとも、魔王だったのか? それは定かになることは、ない、だろう。

 明確なことは――バッドエンド。

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