第十五話

「ウパニシャッドをワートに渡すために、必要なことやったん、や」

「ど、どういう、こ、こと、で、す」

 

 驚愕で混乱し、青い瞳が、しばらく彷徨っていると。

 視線が交差する。

 黒い瞳の持ち主は、顔を傾けながら、不敵に微笑みながら。


「ほれ。おとぎ話によくある、勇者とか英雄が伝説の聖剣とかを手に入れる、ために、この試練を乗り越えろって、やつ」

「…………わたし…………きいて…………ま…………せん…………」

「説明しても、たぶん、理解できん。から、強制的にした」


 いつの間にやら、正座からあぐらをかいて腕組みしながら。アートは自画自賛、うん、うん、をしていた。

 スッーと立ち上がる、ワート。

 怪訝けげんな顔をしながら、目をパチパチさせている、アート。

 すた、すた、と男勝りの足取りで背後に回り込む。と、青い瞳が不気味に光を放つ。


 ――――トン、トン、トン、トン、トン。

 

 一定のリズムを刻んでいた。

 青紫色の顔をした鼻の穴に服の切れ端を詰めた少年が。


 蛇が獲物を捉え絡みつくように片腕が首を締め付けながら、もう片方の腕がほどかせないように、しっかりホールドしていた。

 グッと押し込まれる喉で気管を塞ぎ、相手に呼吸させない。さらに、細く靭やから腕の筋肉が絶妙に頸動脈を絞めおり、脳へと流れる血を止めてた。


 ――――――――トントントントントントントントントントン。

 

 

「マスター。いまの、絞め技。どこで習ったんです?」

「学校の授業で習いました」

 

 物騒な内容のほんわか女子トークに、花が咲いていた。

 最中さなかで。

 全身の汗腺かんせんから大量の粘度の高い、汗を吹き出しながら、

「はぁー、はぁー、はぁー、はぁー、はぁー。な、なに、を、な、なら、わ、し、とん、ねん。じ、じゔん、の、ところの、が、がっこぅ」

 と、力なく地面に横たわりながも、ツッコまずにはいられなかった。

 ――アートだった。


「サイバーウッド、では。学問とは別に多種多様の武芸を一通り教えられるんです、よ」

「アート。自業自得ですね、これは」

「…………、…………」

「…………、…………?」



 賑やかさは、静けさへと変化していた。

 

「アートさん」


 ワートは聞きたかった――アートの口からちゃんと聞きたかった。短い短い時間だった、が、不思議と信頼関係は生まれていた。

 

 出会いからして、ふざけた、出会いだった。

 ミノタウロスに殺されたそうになったところを助けれ、一般的な展開なら恋愛物語へと進んでいくのが定石。

 だだし、

 この物語を書いた作家は無能だったのか? それとも始めから、恋愛物語を書いていたのではなく、喜劇を書いていたのか? 

 それは、誰にも、わからない。

 どさくさ紛れに、胸を揉まれ、ファーストキスを奪われるというハプニングに見舞われるという、シチュエーションを平然と書く最低の作家だということは、理解できた。

 おまけに、

 自分を助けたくれた、人物は、一二○○年前の対魔対戦の十三英雄であるという設定に、外見は自分の弟と同い年ぐらいの少年。そのうえに、小憎たらしい独自の語り口調をする癖の強すぎる、盛りすぎ設定の主人公。

 キャラクター設定資料だけで、お腹いっぱい。

 にも、関わらず。 

 付け足される――設定。

 独自の語り口調をする少年と同じようで心なしか口調が違う、自我のある剣――ウパニシャッド。

 

 食後のデザードのように甘くはなかった。

 

 アート・ブラフという名のには、悪ガキという表現は生易しいかった――悪の根源というべき存在であった。

 母性を刺激する愛らしい仕草を見せるという、姑息な手段でセクハラを平気でし。そればかりか、説明もなしに、人の命を平気と実験体にする、狂気の天才、で、ある。

 十三英雄、筆頭という名誉ある者ではなく――魑魅ちみおうと呼ぶに、ふさわしい者であった。

 一二○○年前に、アートを筆頭としていた十三英雄とは、有り得ないぐらい常軌を逸した者たちの総称ではないかと。

 ワートは俎上そじょうに載せていた。

 ――アート、以外、残りの英雄たちは、いい迷惑でしかない。

 ――――十把じっぱひとからげ、として、ぞんざいな扱いになってしまっていたのだから。


 ワートは肩の力を抜いて、息を吐く。

 

 酷と一言で片付け終わることのできない、仕打ちをされたのに。不思議と、心は、忌み嫌うことをしなかった。

 唇を奪われ胸を揉まれ、再度、胸を揉まれた。という破廉恥罪はれんちざいは――――除外して。

 

 心許無こころもとないが、淡い光が、ワートに宿り始めていた。


 英雄になるというワートの夢――それが――現実になろうとしていたからだ。

 英雄譚のなかの英雄譚である――対魔大戦。

 その物語の外伝に、ワート・スワベージの名が、語られるかもしれない――憧れ。

 へっぽこ、だけど。十三英雄、筆頭のお墨付き。

 

 無能な作家が創り上げた、物語を素晴らしい伝説の物語にする――決断をワートとは、した。

 

 

 猫を捕まえるようにワートは、アートの首根っこを掴み持ち上げながら。いくばくかの勇気をともなって、アートの顔をのぞきこみ。

 言葉を――つむいだ。


 粛々しゅくしゅくとワートの紡ぐ言葉を恍惚こうこつく。

 首根っこを掴まれている、アートがジーっとワートを注視すると。


「じぶん。あとで、後悔、しいひんやろな」


 にやりと笑う。


「はい」


 緊張からかすかに、ワートの声は震えているが、毅然たる意志が頷かせた。

 

 でもって、


 シリアス展開の幕が上がる、ことはなかった。

 

 それどころか。

 

 アート教授による講義が開始されたのでした。



「ぁー。ワートがこの世界で誕生し生きているという確定された状態で、生命活動が停止したときのことを死と呼んで、やな――――――――正しくは、やな――――――――って現象で、やな――――――――ほんでもって、な――――――――で、あって、やな――――――――これが、やな――――――――不確定要素になってもて、な――――――――ここからが難しいねんけど、な――――――――確率変動が発生して、やな――――――――複数の要素が発生すんねん――――――――それが、やな――――――――相違点になって、やな――――――――小さな波紋が生まれるんやけど、な――――――――性質の違いから、な――――――――反発して、やな――――――――大きな波紋に、なって、な――――――――そこからや、な――――――――誕生したことにより、引き起こされた影響が、やな――――――――宇宙規模で改変されて、やな――――――――最終的に、な――――――――宇宙が、な――――――――存在せんように、なってまうん、や――――――――これが有名な、宇宙の終焉しゅうえんって、やつやな。わかった、か?」


「……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ……………………? ………………プ、シュー………………」


「アート、アート。ワ――、マスターの口から蒸気が出てるんです、けど」

「ほれみろ、ショートしよった、やんけ!」

「そうなりますよ、ね」

「だいたい、ワートは頭脳派じゃなくて感覚派やから。講釈こうしゃくれるよりも、実際に体験させたほうが手っ取り早いんや」

「マスターの能力からしたら、アートの言うとおりなのですが。やはり、私としては、所持資格の変更について。一言あっても、よかったような、気が、して」

「まぁー、ちょっと可愛そう、やった、け、ど」

「ぁ、少し反省してるんですね。アート」

「………………。それよりも、水冷と空冷どっちのほうがいいと思う」

「ドエスですか。だいたい水冷って、頭から水をかけるってことでしょう。空冷に決まってます」



 アートさん。

 小さな子どもに絵本を読み聞かせるときのように、優しく、易しく、話してくださいました。

 あの、未知の、恐怖体験、は。

 わたしが不確定要素になってしまっていた――影響らしいのです。

ってなんですか?」

 と、

 アートさんに尋ねると。

 って、言われました。

 

 簡単に説明します。

 

 わたし、こと、ワート・スワベージ、という存在が、この宇宙せかいから消滅していく途中経過だったそうです。

 

 ――――存在が消滅?


 恐怖したという実感が――

 ――あまりにも衝撃的な話の内容に現実的な実感として伴いません。


 話を訊くの止めておけばよかったと、いま、後悔しています。

 ――わたし……。

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