10.3 ちょっとぴくぴくしてる

 ブースの前でぼけっと待つ。

 時節聞こえる小さな音に聴力を集中して、今の小月さんの姿を頭に思い描いて時を過ごす。


 一着目着替え終わったかな。

 多分鏡の前で、足の位置を直す気配がするからあともう少し。


 しばらくしてまた布地のすれる音が聞こえてくる。あれ?


「小月さん、着替え終わった?」


「うん、次の着てみるー」


 え。俺まだ見てない。

 

「待って。今着てるの見せて」


 ブースから顔だけ出す小月さん。


「見たい?」


「もちろん。嫌?」


「嫌じゃないよ」


 まさかとは思うが一応聞いてみる。


「……小月さん。服に夢中で俺がいるの忘れてた?」


「……」


 分かりやすく目が泳ぐ小月さん。

 そもそも寝るときの服探すはずだったことも多分忘れてそう。


「小月さん、後でおしおき」


「えー。何されちゃうの?」


「今は内緒」


「こわいよー」


「……とかやってると時間たっちゃうね。とりあえず今着てるのみせて」


「いいよ。はい」


 ブースのカーテンを開けて、腰に手をあてて顎に手を添える謎ポーズをしてくれる小月さん。


 気恥ずかしいのをちょっとごまかしてるんだろうな。口がちょっとぴくぴくしてる。可愛い。


 さっきの美人の店員さんがすすめてくれたボーダーのシャツとぴたっとしたデニムのパンツ。活動的な感じで可愛い。

 見せて欲しいと言っておいてなんだけど小月さんの感想とか俺には無理だな。可愛いとしか思わないし、可愛いとしか言えない。


「可愛い」

 

 俺が今着てるただの制服をそのまま着せても可愛いとか言っちゃいそう。

 あ。でもぶかぶかのシャツか。これは可愛くて当たり前だしいつかは着てもらいたいな。もちろん、ちゃんと洗っておいたやつだからな?


「ありがと。でもほんとにそう思ってる?」


「ほんとに思ってる。小月さん可愛い」


「……服の感想を聞いてるんだよ?」


「小月さん可愛い」


「はいはい」


 俺が同じことを言い直すのを聞いて、小月さんはすぐにブースのカーテンをしゃっと閉めてしまった。

 我ながら語彙力ないな。小月さんの可愛さに失った、というより元からない。服褒めるってどうすりゃいいんだ。

 

 またしばらく待つ。

 着替えを終えたはずの小月さんだが、なかなかカーテンを開けてくれない。さすがに俺の存在は思い出してくれてるはずなのでもう少し待ってみる。


「ど、どうかな」


 ようやくカーテンを開けてくれた小月さん。両手をおろし、恥ずかしそうに下を向いたまま立っている。


「……小月さん……可愛い……」


 さっき俺がワンピースと勘違いした服と、折り目がいっぱい入ったスカートの組み合わせだ。


 店員さんすごい。なんだろう、いつもの小月さんと角度が違う。いや、意味がわからないな。こう、丸っぽいはずの小月さんがしゅたっとしててかっこよくて、でも中身が小月さんだから結局可愛いに戻る、みたいな。

 

 何言ってるか自分でも分からない。


 とにかく可愛い。

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