3.2 夏でも冬服着てコート羽織ってほしい
小月さんが『千穂ちゃん』に戻った後、大慌てで支度を始める。朝ご飯もそこそこに家を出た。
うちから手多高校までは1時間弱ぐらい。
電車を2本乗り継ぐ。
家から5分歩いてつく、塩下(しおした)線の田浪(たなみ)駅が俺の家からの最寄り駅だ。そこから4駅、上大座(かみおおざ)駅で今度は北尾(きたお)線に乗り換えてさらに6駅先の手多高校前(てたこうこうまえ)駅で降りる。そこから坂を上ってたどりつくのが俺の通う手多高校だ。
いきなり知らない路線や駅名を並べられても困るよな。まあ地元でもなければ別に困ることもないし、乗りながら説明するから大丈夫だ。もし近くに来るようなことがあったら気軽に声をかけてくれ。
俺と小月さんは最寄り駅が同じなんだ。ただ小月さんは反対側に住んでる。学区が惜しくも分かれてしまっていたために中学は別だった。一緒だったらJC小月さんを生で見られたのにな。
だから待ち合わせは田浪駅の昇りホーム、その一番前。昨日は時間決めてたけど、今日は結局遅くなってしまった。大慌てで俺が着いたときには、もう小月さんは待っていてくれた。
「ごめん、遅くなった」
「私も今来たとこだよ」
小月さんも走って来たのだろうか。
顔が赤い。
女子の制服はちょっと濃いグレーのチェックのスカートに半袖の白いシャツ。一応何か行事があるときはネクタイをすることになっている。
直線で構成された、かちっとした襟がついたぱりっとしたシャツ。そのところどころを小月さんの身体の曲線が押し出している対比がエロくて可愛い。
なんだろう、どこにでもありそうな制服だけど小月さんが着ているとどことなくいかがわしくなってしまう。嬉しいけどちょっと心配。夏でも冬服着てコート羽織ってほしい。
男子はシャツにズボンだ。他に説明のしようがないし多分興味ないだろ?
「朝戻れてよかった。あれ、小月さんが自分で行ってくれたの?」
「……だからイッてとか、そういう言い方はどうかと思うんだ」
「昨日と感覚全然違ってたんだ。なんだろうね」
「……違うからね?」
「なにが?」
「今朝のこと。今日はちゃんと一緒に学校に行きたかったし。それがいきなり遅刻なんてやだったんだよ。……だからああいう戻り方はもう絶対しないからね? 私はもうやらないよ。次からはちゃんと池辻くんが戻してね?」
よく分からないが小月さんが嫌がっている。確かに昨日と今日で感覚の違いはあった。昨日のように戻せるようがんばろう。
「どうしたら昨日みたいにできるんだろうな……」
「男の子の身体のことなんて分からないよ。頑張ってね」
そんな話をしているとすぐ電車が来る。
毎朝のことだが、うんざりする混み具合だ。
俺がまず乗る塩下線は上り。混む。上大座駅につくまでの4駅は軽く地獄だ。席は当然として、つり革や手すりも空いてない。以前片足分ぐらいしかスペースがなくて、白鳥の湖みたいな姿勢で10分間耐えたこともある。
だが、今日は180度ひっくり返って天国になってしまうんじゃないだろうか。
ち、違うぞ、混んでるからとかごまかして小月さんにくっつこうとしてるわけじゃないぞ。小月さんと一緒で楽しい、って言いたいだけだ。
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