第6話 風邪気味

『あれだけ説明をすればわかってもらえるかと思ったんですが……いやはや、人間というのは複雑ですね。なぜ効率のいい考え方ができないのでしょう? 不憫でなりません。それとも私の考え方が間違っているのでしょうか?』


 小さなボディには大きすぎる座席に体を埋めながら、ロボットは愚痴を溢した。


「複雑だから面白いんじゃん。大丈夫! ロボちゃんはなにも間違ってないよ。なんせこの真名ちゃんが全人類の精神を統合して、そこから割り出された人類基準の究極の平等をインプットしたんだから!」


 自信たっぷりに胸を叩いたのは、遠足気分で向かいの席に座る真名だった。


「みんなのは平等じゃなくて自分優先だから。今まで温かいお湯に浸かってたのを、みんな同じにするべきだってぬるま湯にされたら、そりゃ最初は不平不満が飛ぶし。でもそれも最初だけ。100年もすれば今の価値観の人は全員死ぬから、考え方の古い人が死ぬのを待って、その間に新しい世代を育てて行こ!」

『ご主人お得意の精神操作をした方が早いのでは……?』

「それじゃあつまんないじゃーん! ちょっとずつできあがっていくのを見るから楽しいんでしょ~? せっかちな男の子はモテないぞ?」

『私に性別はありませんが』


 ツッコミつつ、主人に忠実なロボットは、それ以上議論しなかった。

 それよりも、自分の考えを受け入れない意見に対して思考する。


『結局のところ、どれだけ障害を取り除いても、現段階では古い価値観の根付いた人はどうしようもないですね。思考回路が謎です。もっと突き詰めるべきでしょうか?』

「というと?」

『いつの時代でも大きな問題である、男女の垣根を取っ払う必要があると思います。男でも女でも力がある者は重い荷物を持ち、無い者には別の仕事を任せるような、そんな世界です。男女別トイレは廃止してすべて個室にする。電車で肩がぶつかれば男性も女性も漏れなく痴漢。痴漢されたら痴漢仕返すとか。いかがでしょう?』

「小さい子どもたちから少しずつ洗脳していけばできるだろうけど、やっぱり時間はかかると思うよ? 特にさっきの人たちは反対するかもね」

『あそこまで行くと理屈どうこうではなく、くだらない見栄やプライドや、悪しき風習に洗脳されたブタ思考が原因としか思えません。意見言わないくせにブヒブヒ文句しか言えないところとか本当に不憫です。人間やめて家畜になった方が楽でしょうに』

「家畜ではないけどみんな社畜だよ?」


 と、上手いことを言った瞬間、真名は閃いてあっと声を出す。


「はいはーい! 真名ちゃん閃いちゃいましたぁ~!」


 元々シートベルトをしていなかった真名は土足で席に立ち上がる。そして元気に返事をすると、思いっきり手を上げて自らを主張した。


『ご主人の案ですか。興味深いです。是非教えてください』

「心労具合で測るのがダメなら、みんなの方を心労具合に合わせればいいんだよ! 確かに普通の人じゃ心は目に見えないし、なかなか納得してもらえない。いろんな仕事があればそれぞれ立場も違うからね」

『? いまいち要点が掴めませんが。具体的になにをするんですか?』

「あのね、まず一人ずつ細かく調べる必要があるから……」


 秘密の遣り取りというものがたのしいのだろう。運転席は仕切りで隔たれているにも関わらず、真名は更に雰囲気を出そうと、そっとロボットに耳打ちした。


       ◇


 悠人が異変に気づいたのは朝食時だった。

 口に入れた食事に風味が一切ついていなかったのである。試しにもう一口、それでも風味がしないと、変に思いながら別のものを口にする。だが結果は同じ。

 しょっぱさや甘さなどの味覚は機能しているが、風味が一切なくなっていた。そういえば嗅覚もまったく反応しないことに気づくと、原因は鼻にあることを悟る。


(おかしいな、風邪は治ったはずだが……? 後遺症か? いやでも、そんなの聞いたことねえしなぁ……気味悪ぃし、一応医者に診てもらうか)


 嘗てない症状に不審に思った悠人は仕方なく病院へ行くことにした。近所の総合病院なら耳鼻科も入っているだろうと、自転車で向かうことにする。

 だが病院に着くなり悠人はすぐに異常な光景に目を疑った。病院の敷地内は多くの人で溢れ返り、駐車場も駐輪場もすべて埋まっている。道路は病院に入る車で渋滞し、徒歩で来た近所の住民がその間を縫って病院の入り口を目指している。


「な、なんだこりゃ!?」


 尋常じゃない状況に悠人は仰天した。同時に野次馬根性が湧いてくる。悠人は適当な場所に自転車を放置すると、人を押し退けて強引に院内に入った。

 やがて開きっぱなしの自動ドアから様々な苦情が飛んでくる。


「昨日から肌の色が急におかしくなったんだ、頼むから早く診てくれよ!」

「髪の毛がどんどん抜けていくの! どうなってんのこれ!?」

「体重がどんどんなくなっていって怖い! どうなってるの私の体!?」


 確認するまでもなく、受付は大勢の人で大渋滞になっていた。待機用の椅子もすべて埋まり、最早列とは言えない混雑が押し合いへし合いしている。


(いったい何事だ!? 全員症状がバラバラの病気にかかってんじゃねぇか!)

『いやぁ、さすがご主人です。先日抗議していた方たちがこうも揃うとは』

「真名ちゃんにかかれば、これくら朝飯なのですよっ」


 聞き覚えのある機械音声に悠人はハッとする。周囲も気づいたようで、徐々に騒ぎは治まっていき、代わりに不満と敵意に満ちた眼光が一点に集中した。

 ロボットは人々の頭上を浮遊してこちらを見下ろすと、頷く代わりに満足そうに体を前後に回転させた。すぐ近くに真名もいたが、人々はロボットの方に気を取られており、その存在に気づかない。

 悠人はロボットの言葉に周囲を見渡す。ロボットの言った通り、以前街中でデモを見たときに見かけた顔が、確かにちらほらいるような気がした。人々が居合わせたのは偶然か、あるいはマジックを使ってここに呼び寄せたのか。なんにしても、悠人の思考は周りの喚きで遮られる。


「テメェ、あの機械だるまじゃねぇか! なんでこんなとこにいやがる!?」

『説明の前に、まずは謝辞を。本日はお忙しい中ご協力頂きありがとうございます。実験中につきご迷惑をおかけします。もうしばらく助力の方、よろしくお願いします』

「? 別に私たちはなにもしていないのだけれど……」


 器用に頭を下げるジェスチャーをするロボットに一同は困惑した。

 だが次にロボットが真実を告げた瞬間、誰もがその場に凍りつく。


『なにを仰います。現に今、みなさんの体に現れている症状を、文字通り体を張って、貴重なサンプルとしての役割を果たしてくれているではありませんか』

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