第30話 episode 29 再会

 広々とした空間に長いテーブル、見た顔に知らない顔が座るその一番奥には幼い容姿の女性が座っている。


「こちらへ、アテナ」


 扉の前にいたグリフレットに誘われ、手前の席に座ることになった。


「お久し振りですね、アテナ。待っていましたよ」

「本当の本当に女王クイーンだったのね、メイル」

「あの場で信じるとは言っても、半信半疑なのは分かっていました。

 が、これで信じて貰えたのは嬉しいですよ」


 それすらも見抜いていたのかと思うとゾッとするが、場所と服が変わっただけで王の威光を放っていることで納得もいった。


「ではアテナ。貴女のお話から伺いましょうか?」

「そう? いいわよ。

 ……あたしの目的は覚えているでしょ?

 それを果たす為に、貴方達に証明する為に抜け出し戻って来たわ」

「すると、あの話を証明することが出来ると言うわけですね?」

「ええ、出来るわ。ね、ミュー」


 後ろに立つミューに仰ぎながら話すと、ゆっくりと頷きフードを外した。


「はい、その役目を担いアテナと共に来ました。

 私は人羊ワーシープのミューと申します」


 亜人を目の前にした途端ざわめきが部屋を包むが、一人の騎士が声を荒げると一瞬で静寂に変わった。


「皆の動揺は分かるが、少し冷静さを保ってはいただけないかな?」


 この男は確かアーサー。

 さすがに親衛隊隊長だけあって、場を静める威厳を持ち合わせているようだ。

 しかし、本来なら宰相の頑固爺がやりそうなことだが、見渡す限り姿が見えなかった。


「ミュー、と言いましたか。

 私の知る限りでは亜人は神秘力カムナを有しそれを用いて様々な術を行うが、果たして精神体とも呼べるたましいを具現化することが可能なのか?」

「はい、私には紛れもない事実です。

 人羊の中には行えない者もおりますが、強い神秘力のある私であれば可能です」

「だから連れて来たのよ。貴方達が民に隠していることを証明する為に、ね!」

「アテナよ。

 脱獄したことはさておき、それを証明してどうする? 何を望む」


 アーサーの睨みつける視線は強く、それは魔獣すらも怯えさせるほどの威圧を放っている。それに屈しないようあたしは立ち上がり全員を見てやると、テーブルに両手を叩きつけた。


「民に隠し事をしていて恥ずかしくないわけ!?

 貴方達を信頼して、信用しているからこそこの国にいるのよ!

 それを踏まえて、あたしの望みは霊の想いを貴方達に聴かせること。

 そして、それに関わり苦心している人を助けてあげること。それに伴って湖が解放されたら、あとはどうなろうが満足だわ」

「それが根も葉もない噂だとしたら?」

「あたしを好きにしたら良いわ! なんだったら裸になって、今からでも好きにする!?」


 とにもかくにも湖まで足を運ばせなければ何も始まらないと、挑発でも何でもするしかなかった。


「ふふふ。

 アテナ、落ち着いて下さい。アーサーも悪気があって言っているのではないのですよ。

 駒が揃ったとなれば動かなければなりません。しかし、だからと言ってむやみに行動を起こすことも出来ないのが国の政治です。

 アーサーはそれを言いたかったのですよ」

「だったらどうしたら動いてもらえるわけよ」

「貴女が見たもの、感じたものを話して頂けないかしら?」


 その言葉にあたしの背中に服が貼り付いた。

 洗いざらい話す、それは国の定めを破ったことをこの場で知らしめる。そうなると本当に首刑も免れない危機だと全身で感じ、生温い汗が止めどなく溢れてくる。

 あたしは振り返りレディに目で訴えると、頭を掻き仕方のないように軽く頷いてくれた。


「良いわ。真実を話すわね。

 ただし、口を挟まないで聞いてもらえるかしら?」

「ええ、私自らがお約束しましょう」


 メイル女王の言葉で心は決まり、今までの経緯を詳しく話した。


「そうでしたか……。

 分かりました。明朝、私達と共に行って下さいますか?」


 あたしの心は喜びに満ち溢れたが、それを顔に出ないよう必死に我慢した。


「しかし陛下。この者はいくつもの禁を犯しているのですよ」


 アーサーは割って入ってくるがその表情は厳しいものではなく、あえて口にしたといったものだった。


「分かっていますよ。

 しかし、その話が本当であれば事実を確認してからでも処罰は遅くないでしょう。それに、小さいながらも革命的なことになるかも知れないのですよ。規則ルールを守りながら革命を起こすなど、中々に難しいではありませんか。

 それを踏まえて私達も話し合わなければなりませんね」

「それじゃあ明日にでも行ってくれるのね?」

「ええ、明朝に行きましょう。

 アテナ、貴女達は城に留まって下さいね、お部屋は用意してありますから。

 グリフレット、案内して下さい」

「はっ! かしこまりました。

 アテナ殿、こちらへ」


 グリフレットに付き従い、案内された部屋の扉は今まで見たものとは違い、重々しい雰囲気は一切無かった。


「それじゃあ部屋にいるからご飯とかもよろしくね」

「ええ、ゆっくりして下さい。何か必要があれば兵に声をかけてくだされば。

 では」


 グリフレットの背中を見送りつつ扉を開けると、部屋の奥に白く緩やかな二つの丘が目に飛び込んできた。


「あっ!」

「えっ!? きゃっ――きゃぁぁぁ!」

「ミーニャ!! あたしよ、あたしっ!」


 しゃがみこみ、顔も体も隠したミーニャはゆっくりと振り向き目を丸くすると、泣き出しそうな顔で立ち上がり走り出した。その表情と胸を交互に凝視することになったあたしは、一体どんな顔をしていたのだろう。


「お嬢様、お嬢様!」

「ただいま、ミーニャ。よしよし。

 遅くなってごめんね」

「信じてました……。

 信じてましたけど、心配してました」


 あたしに抱きつき涙ながらに応えてくれた。


「ありがと。ミーニャなら分かってくれると思って女王クイーンに預けたのよ。

 ミーニャの肌はいつでも柔らかいわね」

「えっ!?」


 驚きの声が耳元で聞こえるとすかさず離れ、またしてもしゃがみ出した。


「なんで隠すのよ。久し振りなんだから見せなさいって。

 ほら、みんな女の子なんだから恥ずかしくないでしょ」

「えっ? み、んな?

 きゃっ!!」


 広い部屋の端から走って来たわりに、あたしの後ろにいる二人の姿が目に入っていなかったのか。

 顔を背けたミーニャに対し、あたしは腰に両手を当て溜め息をくとレディが肩に手を置いた。


「このがアテナの友達かい?」

「そ。裸のミーニャ。

 何故だか知らないけど、あたしに裸を見せようとするの」

「は、は、裸の!? 私はそんなことしません!

 お嬢様と違って、誰彼構わず目の前で脱ぐことなんてしません」

「なんですって? あたしがいつ脱いだってのよ」

「私の前では常に……でしたけど……」


 顔だけ上げて反論したミーニャの瞳は、いつ流したのか分からない涙で濡れている。


「ミーニャだからよっ! 後はまぁ……時と場合によっちゃあだけど。

 それよりも、こっちがレディでこっちがミュー。

 ほら、いつまでそこにいるのよ」

「だ、だって……。

 あ、あっちに部屋がありますから、そこで待って下さると……」

「はぁ、仕方ないわね。早く着替えるか全部脱いで来るのよ」

「ぬっ!? 着替えて行きます!!」


 久し振りのミーニャの対応が心地よく、清々しい気分で部屋のソファに腰を掛けた。

 ミーニャの淹れてくれたお茶をすすり一息くと、これまでの事をしっかり話さねばとずは謝った。


「いいんです、お嬢様。こうして無事に戻ってきて下さったのですから。

 それよりも、お嬢様のお友達を紹介して欲しいです」

「ありがとう、ミーニャ。

 レディは分かるでしょ? あの会場でずっと一緒にいてくれたのよ。

 それでミューは……ちょっと説明しづらいんだけど、彼女は亜人なのよ」


 あたしの言葉で信用すべき相手だと理解したのか、ミューはフードを取り外套ローブを脱いだ。その姿にミーニャは驚き、目を丸くさせ声を詰まらせている。


「ミーニャ、当然の反応だろうけどさ、見飽きたわ……」

「……えっ、えぇ。あ、いや、見飽きたと言われても……」

「ミーニャさん。

 私は人羊ワーシープのミューと申します。

 アテナの手伝いと、人間の方々ともお近づきになりたいと思いまして一緒に参りました。

 どうぞ、宜しくお願いしますね」

「スゴイでしょ? 可愛いでしょう!」


 ミューの挨拶に丁寧に応えたミーニャは笑顔を伴って、下から上までまじまじと見ている。


「凄いですねっ! 私、亜人さんは初めて見たので感動でいっぱいです、お嬢様!」

「ねっ、スゴイでしょ!? 肌も胸もお尻も!

 もう一生一緒にいたいわ」

「おいおい、噛み合ってないぞ。

 それよりミーニャちゃん?

 さっき見えたが、胸の上にあったあざのようなものはなんだい? 月のような形に見えたんだがさ」


 あたしの喜びを座りながらに水を差したレディは、ミーニャに向かい左胸と肩の間を触りながら話した。


「あっ、ここのですか?

 これは小さい頃に気づいたらありました。

 ぶつけたのでもなく、切り傷でもないので最初は気になっていましたが、特に痛みも感じないので今は気にしてませんが。

 私の体が大きくなるにつれて、形が少し変化したくらいですよ」

「ふぅん。そっか……」


 何か腑に落ちないのか、まるで納得していないかの様に返事をするレディは、眉間に皺を寄せていた。


「あの、私もミーニャさんにお聞きしたいのですが。近頃、魔法か何かに関わってましたか?」

「え? なんで? 全然そんなことは無かったですよ?

 最近は城内かお庭に居ただけですし。

 何か変な匂いでもしますか?」


 そんな風に言われて、あたしとミーニャは部屋を嗅いだり体に鼻を近づけるも、特に変わった匂いなどしなかった。


「いえいえ、それなら良いのです。

 私達は魔力マナ神秘力カムナに敏感なだけですから。

 城内には魔法を使う者もいると思いますから、それのせいだと思います」

「そうなの?

 あたしはミーニャの匂いが変わったからだと思ったわ。

 なんだか、甘くとろけるような匂いがここからも、こっちからも」

「いやっ、止めて下さいお嬢様。

 ……あっ……」

「はいはい、おしまいおしまい。

 なんだってそんな事いつもするんだいアテナ」


 折角の楽しみを奪われた。


「いいじゃない別に。あたしだって女の子よ。

 可愛いものに目がないのは当然よっ!」

「はいはい……。

 で、ミーニャちゃんには説明しなくても良いのかい? 置き去りにしてたんだろ?」

「あっ……。

 そうね……って、あんた達がミーニャに質問攻めしてたんでしょ?

 忘れてたんじゃないのよ! ごめんねミーニャ、置いて行ったりして。

 色々な事が重なった結果だったのよ」


 レディとミューの顔を見ることなく、会場であった出来事からミーニャでも分かる様に、身振り手振りを交えながら説明してあげた。

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