第四章 始まりの物語

第29話 episode 28 開きし扉

「だぁぁぁ~っ! やっと……やっと着いたわ」

「途中、森ん中で迷わなければねぇ」

「んなこと言ったって、どこを見たって木ばっかりなんだもの。

 最初から小川に沿って行くべきだったわ」


 ぶっちゃけ迷子だった。

 道案内出来る蓮に加え感覚が鋭いレイブンを置いて来たのだ、途中からレディもあたしも正しく歩けているのか分からなくなっていた。

 そこでミューの野生的嗅覚を頼りに滝から流れ落ちた小川を探し当て、ようやく街の門が見える所まで辿り着くことが出来た。


「おかげでギリギリにはなったけど、無事に着いて良かったわ。

 さぁ行くわよ。ミュー、フードはしっかり抑えてね」


 街門に立つ衛兵が何の反応も示さないところを見ると、何も知らされてはいないのだろう。

 街の中は闘技祭の賑わいも影を潜め、行き交う人々に武器を携えている姿もなくなっていた。

 そんな中を城へ向かっていると周囲が何やらざわめき出した。


「あれ? お嬢ちゃん、もしかしてアテナじゃないのか?」

「えっ? う、うん、そうだけど?」


 あたし、このおじさんのこと……知らない。


「おぉ!! そうだろう、そうだろうとも!

 いやぁ、素晴らしい闘いぶりだったよ。こんな小さいのに、大人相手に一歩も退かずによくもまぁ。

 良かったら是非とも握手してくれないか?」

「あ、ありがとう」


 差し出された手を軽く握り返し一生懸命に作った笑顔を返すと、満足したのか肩を二度ほど叩くと去って行った。


「な――何なの、今のは」

「あっはっはっはっ!

 すっかり有名になったもんだね。民衆は英雄を求めてるってことだろ?

 女の子が大人の男達を相手に勝つんだ、そりゃあ応援もしたくなるだろうよ」


 レディの言うことが本当であればそれは有り難いことなのだが、こうも間近で反応があると困惑の方が大きくなる。

 今のおじさんのおかげで、あたし達の両脇はすっかり人だかりが出来てしまった。


「ふんっ! 何よ、いい気になってさ。たかだか小娘相手に何をちやほやしてんだか。

 闘った男共だって手を抜いたに違いないってのに」


 それは、あたし達の前方でうで組みをしている小太りのおばさんの言葉だった。


「聞き捨てならないわね。今、何ていったのかしら!? 小娘ですって?

 あたしはアテナよ!!

 それに、相手だって油断はしたかも知れないけど、手なんか抜いてなかったわよ!」


 一瞬で頭に血が上り、おばさんの目の前に立つと指を突き立て言い放った。


「止めな、アテナ。相手にするんじゃないよ」

「何でよ! 侮辱されたのよ!?

 正々堂々と闘ったのに、そんな言葉は許されないわっ!!」


 間に割って入ろうとするレディを押し退けようとするも、目一杯あたしの体を抑え動くことが出来ないでいる。

 すると人だかりが急に開け、人々の間から兵士が数人向かって来た。


「何をしている! 争い事なら街の外へ……あっ!!」

「えっ?

 あ、あんた! こんなところで一体何してんのよ!!」


 そこに現れたのは、かつてあたしを牢へとぶち込んだ南街レーセンダムの兵士だった。


「な、何って!? 街を守るのが兵士の役目だろうが」

「そうじゃないわよ。南街はどうしたのって話!

 あんたが守るのはレーセンダムでしょうに。

 ……さては、グランフォートに追い出されたな」

「ぐぬぅ。確かに、自ら志願したのではないが……王都で色々と学んで来いとのご命令なだけだ!」

「それを追い出されたって言うのよ!」


 苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向くと少しの間を置き、何か言い返したそうにあたしに指を突き指すがそれを力強く握り返す。


「あんた、あたし達を城へ連れて行きなさい!」

「は?い、いやぁ、別にそのつもりだったからいいんだが……。

 本当に良いんだな?」

「えぇ。よろしく頼むわ」


 今度は困惑の表情であたし達を見回しながら聞き返すと、満面の笑みであたしは応えた。このままでは城にいつ着くかも分からず、果てはミューのことを知られる恐れも頭に浮かんでいたからだ。

 案の定、兵士に囲まれているおかげで誰も寄って来ることはなくなり、あたし達の行く手は阻かれることなく城へと辿り着いた。


「少し待っていろ。伝えてくる」


 城門を抜けた広場で待つように言われ、あたし達は特にすることもなく雑談するしかなかった。


「グリフレットになら彼も簡単に伝えられるでしょ」

「どうだかねぇ。騎士候補とはいえ、騎士と変わらない待遇のようだからね。簡単に一兵士の話を聞けるかどうか」

「そういえば、エリーザはどうしたの?」


 グリフレットのことを思い出すと、その場に居たエリーザのことも一緒に頭を廻った。

 何せ、牢に入るきっかけがこの二人だったから。


「あぁ。彼女ならあたいと同じく親衛隊に負けて、それからパッタリと見なくなったね」

「ふーん。あれだけ豪語してたのに、どうしたのかしらね」

「何だかねぇ。負けたってのに含み笑いまでしてたから、何を考えているのかさっぱりだよ」


 あの強き発言があったのだから負けたなら相当に悔しいと思うのだが、真逆に笑っていたのは腑に落ちないところではある。

 しばらくそんな話をしていると城の中から二人が姿を現した。


「よく戻りましたね、アテナ。待っていましたよ」

「グリフレット、やっぱり聞いていたのね。

 約束通り戻ってきたわよ」

「グリフレット殿、お知り合いでいらしたのですか!?」

「知り合いというほどではありませんよ。

 けれど、ここからは私が引き継ぎますから貴方達は戻って下さいますか?」

「えっ!? い、いや、しかし!」


 とは言ったが、グリフレットの無言の圧力ゆえか、兵士はそれ以上何も言わず一礼するとあたし達を一瞥した。

 それに対してしかめっ面に舌を出して応えると、悔しそうな表情で他の兵士を引き連れ去って行った。


「さて、グリフレット。

 女王クイーンに会わせてもらえるのかしら?」

「ええ、もちろん。陛下もお待ちですよ。

 しかし、皆様で行かれるのですか?」

「当たり前でしょ。

 レディはあたしを捜すって話をしてたんだし、この子はあたしが牢を出た理由なんだから連れて行かなきゃ話にならないわ」

「いいでしょう。では、付いてきて下さい」


 ミューのことを色々と詮索されることもなく、あたし達を城の中へと導く。

 長い廊下を行くと思うと階段を上り、階段かと思うと廊下を進む。

 それを何度か繰り返すと、兵士に挟まれた両開きの扉の前でグリフレットは立ち止まった。


「少し待っていて下さい。陛下に伝えて参ります」

「えぇ、いいわよ。よろしくね」


 僅かに開かれた扉の奥に見えたのは部屋なんかではなく、ただの廊下だった。


「まだ先があったのね。レディ、女王は怒ってるかしら?」

「ん? どうだろうね。あたいの時は女王がいなかったからさ。

 ただ、聞く耳を持たないのであれば、即刻絞首刑か斬首刑にでもなるだろうね。その判断をされたらどうするんだい?」

「どう……って言われても、考えてなかったわよ。

 そのまま受け入れる訳にはいかないけど、逃げれるかしら」


 首刑と聞いて心臓の高なりを感じたが、ここまでやってきて後ろ向きになる思いは微塵もなかった。


「おいおい。あたいは無理だと思うよ。

 アテナの友達を捜しつつ、騎士やら兵士を退けてだろ?

 そいつは厳しいんじゃないかい?」

「あたしはレディが居るなら何とかなると思うけどね」

「本当にそうなったら考えて見るよ。むやみやたらに国を相手取る気はないからね」


 城の中でもかなりの中心部にいるとなると早々簡単に逃げる事は出来ないとは思うが、そうなったらそうなったまでだ。


「……遅いわね。やっぱり怒ってるんじゃないかしら?」

「多分、ここは会議の間だろ。区切りの良いところじゃないと呼べないんだろうさ」

「ふ~ん、そう……」



 ………………。

 ………………。

 ………………。



「遅い! もう待ってらんない!!」

「待ってって、アテナ!」


 いてもたっても居られなくなり扉に手をかけたその時、あたしの首元に兵士の持つ長槍ロングスピアが交差した。


「お待ちください。許可なく入られることはなりません」

「だよねぇ、そうなるよねぇ」


 分かってはいたがほんの少しでも入れる可能性があるならと動いてみたのだが、思いの外行動が迅速だった。


「ちょっとでも行けると思ったのかい? ふふふっ。

 さすがのアテナでも、城内ここじゃあ無理ってもんだよ」

「そんなことないわよ。あたしはほんの少しでも可能性があるなら――」

「ないない。あるわけないだろ」


 頭ごなしの否定では納得出来ず、扉を睨み口を尖らせていると勝手に開き始めた。


「どうぞ、アテナ殿。こちらへ」


 グリフレットではなく兵士があたし達を招き入れると、長い廊下の先にある扉まで誘導し足を止めた。


「アテナ殿をお連れ致しました」

「……中へ」


 少しの間を置いて聞こえてきたグリフレットの声に、あたしの気持ちは引き締まった。

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