第三章 希望を胸に
第19話 episode 18 興味と期待と
「どこなのよ! 誰なの!?」
どこかで聞いたことのある声と話し方のような感じはするが、こんな所に来れる人物に心当たりはなかった。
「我を忘れたのか? 我は闇に生き、闇に忍ぶ者。
アテナ、貴女への恩を返しに参った」
言い終わるや否や上から影が降ってくる。
「おわっっっ!! びっくりしたぁ。
あなた!? えぇっと、そう! あれよね……」
「我は
先の話はしかと聞かせていただいた」
そうだそうだ、覆面を取るとか取らないとかで揉めていたのを間に入ったんだった。
「そうそう! レンよね。
で、恩を返しに来たって? 何だか分からないけど、何かしてくれるの?」
「そうだ、恩を借りたままでは我の気が済まない。
そこで、貴女をここから連れ出し、噂とやらを真実にする手助けを致そうかと」
「それはスゴいわね。そうしてくれるなら有難いけど、そんなこと出来るわけ?」
そもそもどうやってここに来たのかも分からないのに、ここから出たとしてブレフトらの
疑いの眼差しを向けたままでいると蓮はしゃがみこみ、格子を確めるように手探りし出した。
「アテナの口ぶりからするに、湖には騎士の霊が本当にいるのだろう。だとしたら叶わないことではない……ほら、開いた」
カチャリと音が鳴ると蓮はゆっくりと格子を開けた。
「え? ホント!? なにそれ、スゴいわねっ」
「言ったことを実現したまで。さぁ、これで行けるぞ」
「いやいやいや、ちょっと待ってよ。
簡単に言うけどさ、今出ちゃったらヤバイでしょ?」
一日待てば出られるとは思うが、今出てしまえば賞金首にでもされかねない、そんな想いが頭をよぎった。
「そうかも知れぬ。しかし、あの感じでは出れたところで証明はさせて貰えぬと思うが」
そう、そこなのだ。
だったら迷っている場合ではないのかも知れない。
「……えぇーい、ままよ! どうせなるようにしかならないのよ!!
行くわ、レン」
「分かった。では、宜しく頼む。
それと、何か書き置きしていった方が良いかと思うが?」
確かに。
何かしら伝えられたらミーニャの安全と、あたしの首は繋ぎ止められるかも知れないが。
「そうなんだけどさ、あたしの武器も全部取られてるから何もないのよ」
「そうか。だったら、これで」
何か取り出すのかと見ていると、短刀を懐から出しおもむろに腕を捲りだした。
「ちょっと待って、何する気!?」
あたしの言葉に耳を貸さず短刀を逆手に持ち腕を切りつけると、小さく漏れた痛みを堪える声にただ黙って見つめる他なかった。
「これで伝えるべきことを、記したら良い」
「あ、あぁ……。そう、なるのよね」
他人の血を使いあたしの事を記す。
これは何かの罰か、罪深きことではないのか、全身に得体の知れない何かが重くのしかかってくる。
「さぁ、我の意識がなくなる前に早く」
生唾が喉を通り口の中が渇いていく中で、あたしは意を決して血だまりに指先を付けると床に綴った。
「七日後に、戻る……ミーニャを、預ける。
これでよしっと。いいわよ、レン」
蓮はまたも懐に手を忍ばせると、今度は布切れを取りだし傷口を縛った。
「では行くか、アテナ」
と立ち上がると、蓮はゆっくりとよろめき片膝をついてしまった。
「ちょっと、大丈夫!? 無茶するからよ」
蓮の片腕をあたしの首に回し肩を貸しながら立ち上がるが、荒い吐息が覆面越しに伝わってくる。
「あんたさぁ、助けに来たわりに足手まといになってたんじゃ様にならないわよ。ほら、ちゃんと案内してよね」
急ぎ足ではあるが、蓮の言葉を頼りに静かで暗い抜け道から城外へと向かい出した。
地下水路から城外へ何とか無事に出られたあたし達は、北西にある国境付近の港街で休息を取ることにした。
「レンのおかげであたしの望みはまだ繋がってるけど、何かアテはあるの? 死者の
「我には何もない。が、我が国の呪術や
「魔法、ねぇ……」
魔法は魔法大戦から失われつつあり、今は使う者自体が少ない為に知識が乏しい者も多い。
それはあたしも例外ではなかった。
「魔法に詳しいとこなら帝国とかに行けば分かるかも知れないけど。
今更帝国に戻るっていうのもね、日にちもかかるし」
「うむ、ならば獣人に会ってみたらどうか。
彼等なら魔法に精通はしているだろうし、ここからさほど遠くはないからな」
「獣人!?」
その名を知らないわけではない。
人間とは似て非なる者達、亜人の中でも勇敢な者が多いと言われる獣人を知らぬ者はいないだろう。
しかし、亜人達は自らの界である亜人界へ帰ってしまい、人間界にはいないものだと伝えられている。
「あぁ、この街へ立ち寄る前に通った山の中で彼らと出会った。そこならば一日あれば着くだろう、まだ居るのであればだが」
「いるの!? 行くわ、そこに行くわ!」
「……ただ見たいだけではないのか? ま、まぁ、どちらにしろ行くのなら案内はしよう」
ただ単に会ってみたい、見てみたいの好奇心が口から出てしまった。蓮の言葉に綻んだ口元を絞めようにも、苦笑いが止まることはなかった。
「えーっと、じゃあ今から行こうかしら? レンは大丈夫?」
「あぁ、私はこれしきのことでは疲れぬ。では案内致そう、お願いします」
語尾がおかしいし、血を流しフラフラだったくせにと言いたかったが、蓮の歩き出しが速かった為に着いていくのがやっとだった。
「ちょっと、早くない?
……はぁはぁ、なんで、そんなに」
「ん? そんなに速いか? 私は普通に歩いているだけだが」
明らかに早歩きだろうに。
着いていくのに必死で気付かなかったが、全身真っ黒の物体がいそいそと歩いている姿に思わず吹き出しそうになってしまった。
「ぷっ! レン、レンってば!
あんた、その服しかないわけ? 明るい中をそんな格好でスタスタとっ、ぷぷっ」
街道から外れているとはいえ、闇に忍んでいる人とは到底思えるものではなかった。
「なんだ? これしかないが問題でもあるのか?」
少し歩みを遅らせながらあたしの質問に応えてくれるが、唯一見せる目元は困惑気味に映った。
「問題大有りよっ。だって、端から見たら可笑しいんだもの。
日が暮れてからならいいけど、明るい内に着る服はどうにかしないとね!
そうだっ! この旅が終わってあたしの荷物を返してもらったら、蓮に似合う服を見立ててあげるわ」
「いや、私はこれがあれば……」
「だから、目立ち過ぎなんだって。可愛い顔してるんだから、絶対可愛い服が似合うんだから」
と、急に立ち止まるとまばたきを数回して顔を反らした。
「か、可愛いとかは止めろ!」
「そんなに照れなくてもいいって。絶対可愛いんだから期待しててよね」
顔に傷はあるものの目は大きく、同性から見ても可愛すぎるほど可愛い蓮を自分好みに出来る期待に胸を膨らませ、足早に森へと向かう蓮に着いていった。
案内のもと草原を進んで行くと、くるぶしの辺りまでしかなかった雑草が徐々に身体にまとわりつき、終いには身の丈を越えるまでになるといつしか森の中へと入っていた。
「あんた、こんな所を通ってきたわけ?」
「あぁ、そうだ。この順路で間違いない」
「こんな道もないところよく覚えてるわね。印とか付けてるんじゃないのよね」
見たところそれらしいものなんて無く、ただの森でそれ以上でもそれ以下でもない。
「地図と景色を覚えておけばそんなものは必要ないだろ。あえて自分の身を危険に晒すことは愚かなことだ」
「いやね、普通はさ、こんな草木ばっかりで似た風景しかないところは目印でも付けなきゃ迷子になるのよ。こういうのはさ、特技っていうのよ」
「だが、私の周りでは当たり前だったんだがな」
見た目からして特殊な中で過ごしていたのだろうと分かるが、それが全てだと思っていることには残念で仕方ない。
「ねぇ、自分で変わってるとは思わないの? 変わってるって言われたりさ」
草木を掻き分けあたしの前を進んでくれる蓮に声をかけるが、振り向くこともなくひたすら道を作ってくれている。
「いや、全く。そもそも誰かと接するなど少ないからな。
まだ暫く歩くことになるが、そんなに喋っていると疲れるぞ」
「ん? まだこんなところ歩くの?いつ休憩するのさ」
一日はかかると言っていたが、朝のうちから歩いていてまだ暫くとは予想だにしていなかった。
「休みたいのか? そんなことでは旅など出来ないぞ。本当なら泉のあるところまで行きたいのだが、休むか?」
「は? そこまで言われて休むって言うと思う!? 休みたいわけないでしょ!
ちょっと聞いてみただけなんだから、気にしないでサクサク行くわよ」
体力的にもキツく感じてきたが、あんなことを言われるとあたしの心が
キツくなった口調に蓮は一瞬振り返ると、軽く頷き言葉を発した。
「もし気に触っていたのなら、ごめんなさい」
口調だけではなく表情にも出ていたのかも知れないが、頭にきたのとはちょっと違い負けたくない気持ちが強かっただけだった。
「うぅん、いいのよっ! ありがとね」
すっごくすっごく不器用で、世間知らずで我が道を行くこの子は、本当は凄くいい子なんだと気づき始めた。
「えっ、あぁ、いや」
「ふふふ。ねぇねぇ、獣人ってさ、どんなのだったの?」
「獣人か? そうだな、耳元で巻かれた角があって、ふわふわの髪の毛が印象的だったな。
彼等は『
「ワー、シープ? それって羊ちゃんってことよね!?」
獣人と聞いて、誰が羊と想像するか。
てっきり噂に名高い
おかげで余計に興味が湧き、今までの疲れなど微塵も感じなくなっていた。
「やっと、やっと着いたわ。ここが言ってた所よね?」
木々の間から姿を現したのは、雑草が生い茂る中に滝から流れ落ちて出来た美しい泉だった。
城と同じくらいあるであろう高さから流れ落ちる滝は、不規則だが心地よい音色を奏で、それほど大きくもない泉に命を注いでいる。
「あぁ、そうだ。ここで一眠りして、あとは登ればすぐだ」
草木を掻き分けながら斜面を散々登って来たというのに、今度はどこを登れと言っているのか。
「登るって言ってもさ、ここ行き止まりでしょ。あっちだって小川になってるから下り道だろうし」
泉を囲むように短い雑草が埋め尽くした原っぱと、それを護るかのような森があるだけで他に進むべき道は見当たらない。
「ん? いや、そこを登るんだが……」
「絶壁!!」
滝になっているほどの岩壁を困惑の眼差しと共に指差した蓮へ、あたしは率直な想いをぶつけた。
「これ絶壁よ!? 斜面なんて無いに等しいし、大きな城と同じくらいの高さがあるわよ!」
「しかし、この上に広がる草原にいるのだ。
ここ以外の道を私は知らないぞ? ここから下りてきたのだからな」
「この上から!? 本当にレンは身軽よね。あたしはこんなとこ登ったことなんてないわよ」
もう一度見上げてみるが、下りることもそうだが登るなんて想像すら出来ない。
「旅に出るとは、こういうところも行くのが当たり前だろう。
アテナを置いて行く訳にはいかないから手助けはするが、何とか着いてきて欲しい、お願いします」
頭を下げられ丁寧に頼まれては答えは一つしかないだろう。
「一体誰だと思ってるのよ。あたしに諦めだとか不可能って言葉は皆無なのよ。
どこかに必ず道はあるし、動かなきゃ道なんて出来やしないのは百も承知なんだから!」
道が一つしかないのなら、それが険しいものだとしても踏み出すことが未来を切り開くものだろう。
というのはお姉様の受け売りでもなるのだが、今はあたしの行動を体現している言葉だ。
「そうか、分かった。
では、火でも
「そう? ありがと。そうさせてもらうわね」
座るのにちょうど良い岩に腰を下ろし蓮を見ていると、色々と手際良くこなしていた。
「スゴイわね、ミーニャより機敏だわ。
それは? 何に使うの?」
「ん? 魔石だが……知らないのか?」
宝石のように色の付いた石だが、宝石とは違い透明度は無く、一見すると珍しい石ころにしか見えない。
「魔石は聞いたことあるけど見るのは初めてよ。もっと大きくてキラキラしてると思ったわ」
「それは魔晶石。それよりも魔力は小さく、使い勝手もいいのが魔石だ。
こうして、こうすると……」
魔石に枯れ枝や枯れ葉を乗せると、小太刀の柄を思い切り叩きつけた。すると、小さな火が燃え広がり炎となるとあたし達を温もりで包んでくれた。
「そんな小さな石っころ一つで、簡単に火を熾せるのね。それ、あたしにも頂戴」
「いや、それは無理だ」
「ケチっ!いいじゃない、一つくらい。減るもんじゃないし」
「ん!? 減るぞ!
それに魔石は少なからず高価な部類に入る、おいそれと差し出せる物でもない」
半分冗談ではあったが、魔石とは中々の代物で旅には便利なものだと新たに知った。
蓮との旅は、こういった知らない物や技を教えてくれるので飽きることはなかった。
「冗談よ、冗談。
さっ、暗くなる前に戻って来てよね。もう歩く気力もなくなっちゃったんだから」
そう話すと蓮は頷きそそくさと森の中に消えていった。
「色んなことを知っているのね、彼女。
どんな生き方をしてきたのかしら。あたしの知らないことを知っているのに、世間知らずだし。面白そうだわ、ふふふ」
蓮のことを色々と知りたくなり、何を聞こうか考えるとそれはもう楽しくなってきた。
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