第18話 episode 17… "自称"女王再臨

 しばらく絶望に打ちひしがれ、悶々としながら独り牢を彷徨うろついていると数人の足音が響き渡ってきた。


「誰なの!?」


 檻の前に来るまで姿を見ることは出来ず、あたしの声に反応もしなかったのに若干の恐怖を覚えつつ、格子から少し離れ動向を伺った。


「アテナ殿、お話に伺いました。起きていらっしゃり何よりです」


 姿を見せたのは四人。

 一人はグリフレットと闘技祭の抽選をした騎士、それに見たこともないおじさん。

 そして、それを従えているのがフードを目深に被った小柄な女性……と言っても姿形から女王と名乗ったその人なのは明白だった。


「グリフレット。あなた何が全力で擁護するよ! こんなところに連れて来てさ。ここは重罪人の入るとこなんでしょ!?」


 開口一番グリフレットに文句を言い放つ。

 それは普通の牢に入れられたのと、ここに入れられたのではあまりにも気の持ちようが変わっていたからだった。


「その点については早くに説明すべきでしたね。まさか気にしているとは思ってもいなかったので。

 しかし、私も未だ騎士ではない故に中々に進言する機会もなくでして、誠に申し訳なく思っています。

 ここは重罪人の牢になってますが今は誰もらず、お話するにはうってつけだったので」


 そういう理由なら始めから言ってくれたらこんなに落ち込んだりすることもなかっただろうに。


「それならそうと始めに言ってよね。余計な心配したどころじゃないんだから!」


 グリフレットは苦笑いを浮かべながら僅かながら頭を下げた。


「で、何でその人と一緒なのよ」


 騎士とクリフレッドがいる場に自称女王が伴って姿を見せたことへの疑問を指を差してぶつけた。


「こら! 陛下に向かって無礼であろう!!」


 口を開いたのはグリフレットではなく見知らぬおじさんだった。


「自称ね、自称。そんなに引き連れて来たって女王だって信じられるもんじゃないし、不意打ちであたしにキスをするのが女王の証とも思えないしねっ」


 あたしを何かに陥れようとしている疑念も拭えないので、腰に手を当て皮肉たっぷりの笑顔で返してやった。

 それが良かったのか悪かったのか男性陣は口を開けたまま女性へと向き直った。


「……陛下!?」


 三人の声が同時に重なり響き渡ると素晴らしい調和ハーモニーを奏でていた。


「陛下! またそのようなことを!?

 何度言ったら分かるのですか! しかも、相談もなしにこんなところに来るなんて」


 おじさんがまさかの剣幕で女性に詰めよっているが、当の本人は特に気にする表情は見せていない。


「いいじゃないのよ、そのくらい。異性に口づけしたわけじゃないんだし、あまり固いこと言わないでよ」


 何だかこの雰囲気は嘘偽りがなさそうに感じ、本当に女王なのかと思ってしまう。


「良くありません! もう少し女王としての自覚を持って頂かないと、この国を守っていくことが出来ないではありませんか!」

「自覚はあるわよ。

 でも、実質的に守るのは私ではなく騎士や兵士の方々で、私に出来るのは皆さんが満足するような国を創り、維持していくだけになります。

 まぁそれもディバイル、貴方の助言に従っているだけですけど」


 ディバイルと呼ばれたおじさんが口をへの字に結ぶと、女性は笑顔であたしに向き直った。


「ね、これで証明出来たと思うけれど? 異性に口づけしただけで怒ることなんてないでしょ。大の大人が三人も私の行動を気にしているのですから。

 これで女王でなければどんな人だ、って話になるわよ」


 ここまで見せられ言われたら、最早疑いの余地はないように思えた。


「分かったわよ。もう疑いはしないわ、メイル女王。

 で、今度は何をしに来たの?」

「お主、陛下に向かって無礼だと何度言えば――」

「いいのよ、ディバイル。今更かしこまれても私だって気持ち悪いわ」


 顔はディバイルに向けたまま、あたしには片目を瞑ってみせた。

 女王だと思えなかった理由の一つに、この気さくさが大いに関係しているのは間違いないと言える。


「さて、私がここに来たのは他でもありません。アテナ、貴女に伝えることがあります。

 お願いします、アーサー」


 笑顔から一変、神妙な面持ちになると騎士に目配せをし、後を託すかのように半歩下がると今度は騎士が大きく前に出た。


「剣闘技祭のことについて話す。

 貴公の活躍は見事であり、剣闘技祭を非常に盛り上げる結果となった。

 そして、騎士叙勲を受ける資格を有するまでに勝ち上がったのだが、協議の結果……騎士叙勲資格の剥奪ならびに失格とする」


 淡々と感情の起伏も見せず話す騎士の言葉にあたしが口を挟むことは出来ず、途中まであたしの気持ちを盛り上げておいて最終的には最悪の結果になったのには、何とも言えない気持ちを抱えることとなった。


「……は? なんでよ。失格って何よ」


 想定していたこともありそれほどの怒りはなかったが、失格とまで至った経緯を知りたかった。


「それは私からお話しましょう」


 アーサーと横並びになるよう女王は前に出ると、先ほどとは変わり柔らかい口調で話し始めた。


「アテナの闘いぶりは目を見張るものがありました。

 そして、あそこまで勝ち上がるにはそれなりの才能と資質があったのだと思います。しかし、これはあくまでも剣で競い合うお祭りであって、勝ち上がるのが目的ではありません。

 よって、騎士サフィアとの闘いは相応しくないとの判断にて失格となりました」


 確かに彼とは剣を交えることなく勝敗は決まった。


「そう、ね。剣技だけが騎士の全てではないけど、この祭りは剣技を競うものだったわ。

 女王クイーンと婚約するのが目的ではないものね」

「そうよ、そういう事。

 でも、サフィアに話を聞いたら貴女は騎士にも向いてないことが分かったし、今度の行いと合わせて失格になったのよ」


 全てを考慮した結果が失格となった訳か。


「でもさ、今回のことはグリフレットが擁護してくれたんじゃなくて?」

「えぇ、貴女のことを本当に庇っていたわよ。

 でもね、そもそもこのような場で喧嘩をすること自体が騎士に相応しくないのよね」


 どれもこれも反論のしようがなかった。


「ただし、騎士には向いてないけど、凄い資質は兼ね備えていることが分かったわ」

「それって?」

国王リーダーよ。

 その若さで相手を見極め、諭し説き伏せる能力は国王やそれに従事る者に相応しくってよ」


 あたしにどんな能力があって何に相応しいかなんて考えたこともなく、それが国王に相応しいと言われるとそれはそれで嬉しく思う。


「そうなの? それは嬉しいこと言ってくれるわね。

 元々騎士になるつもりで参加したんじゃないし、国王のほうが向いてるなら願ってもないわ」

「あら、ならどうして参加したの?」


 ついにこの時が来たと、女王を前に腰に手を当てると堂々と宣言する。


「ふん!

 あなたと結婚し、王になる為よ!」


 今までとは違い、笑い声が響くどころか全くの無表情の三人と笑顔の女王が佇んでいる。


「そう、私と結婚したかったのですね。それは権力を手に入れたいが為に?」

「それもあるわ。あたしにはやらなければならないことがあるのよ。

 けど、本当の愛を感じたいってのもあるのよね」


 女王は変わらず笑顔のままだが、三人は険しい表情へと変わっていっていた。


「ただ権力が欲しい、ってことではないようね。けど、私は女よ?」

「あたしだって女だわ。そのあたしの唇を奪ったのは誰よ」

「ふふふ。やっぱり貴女は面白いわ。

 それで? 王になって何を求めたの?」


 婚約の可能性が無くなった今、ここで進言するしかないと頭をよぎる。

 しかし、言葉を選ぶ間もなくあたしの口は想いを言葉にしていた。


「南街のレーセンダムの近くに閉ざされた湖があるわよね? あたしはそこを開放したいのよ」

「それはならん!!」


 強い口調で放たれた言葉は女王のものではなく、険しい表情を強めたディバイルのものだった。


「私からではないので驚いたでしょう。

 彼は宰相のディバイル。国の政治はほとんど彼が担っているのですよ」


 顔に出ていたのか、あたしの心を見透かしたように女王は優しく説明してくれた。


「ふ~ん。で、なんでダメなのさ。

 いいじゃない、あるのは湖だけなんでしょ?」

「駄目なものは駄目だ! それ以外はない。湖しかないとしても開放などあり得ん!」


 刹那、女王が険しい顔になったのをあたしは見逃さなかった。


としても・・・・? やっぱり聞いた噂のようなことがあったのね?」


 この場でまさか湖に行ったと言ったもんならグランフォートにも迷惑がかかり、あたしの身もどうなるか分かったもんじゃない。


「どのような噂かは知らんが、そんな身も蓋もない話を信じているのだな。しかし、どんなことがあろうとあそこを開け放つわけにはいかんな」


 どうあっても聞く耳を持たないようで、あたしの経験したことを話したくなってしまう。


「だったら!

 ……理由も聞かせてくれないのよね。あたしの聞いた話だと、あそこには騎士の霊が眠っているそうね。

 その魂を解放してあげたいとは思わないわけ!?」


 あくまでも聞いた話だと付け加えたが、皆が皆、眉間にシワを寄せたのはそれは真実だと語っているようだった。


「仮にそうだとしてもお主に何が出来る!? 何も知らず噂ばかりを信じ、国が決めたことに首を突っ込むとはどういった了見であろうか。

 そして、陛下の前でこのようなことを。お主はそこを出たくないと、そういうことだな?

 少し頭を冷やす意味でも当分そこにいるのだな」

「ちょっ! ちょっと、それはないでしょ!?」


 図星を突かれて権力を振りかざしているようにしか見えない態度に、本心を言えない悔しさが心を締め付けた。


「待ちなさい、ディバイル」


 助け船のように女王があたしとの間に割って入ると、穏やかに話を続ける。


「確かに噂話を真に受け私に意見するのはどうかと思いますが、そのような噂が一介の旅人を信じさせるだけになっているならば、それは対処せねばなりません。

 なのでアテナ、私達がどうすべきか決めるので一日だけ待ってもらえないかしら?

 もしくは、きっぱりと忘れこの国を出て行くか」

「そ、それは……」


 選択肢がないことは明らかだった。

 しかし、いつ出られるか分からないよりは良いだろうという女王の配慮には感謝しなければならないだろう。


「いいわね? ディバイル、アテナ」

「うぬぅ。陛下がそうおっしゃるならば致し方ありません。これには従いましょう」


 間を取り持たれたことに不満気にしてはいるものの、それに従うのは反論が出来ない提案をされたからなのだろう。

 これにはあたしも仕方なく従うと装い、両手を腰にやり首を縦に振った。


「良かったわ、二人共頷いてくれて。アテナ、貴女には少し苦労させるけど待っていてね。

 それと、グランフォート卿には私から心配しないように話しておくわ」


 そう言うと笑顔の欠片を残し、配下を従え去って行った。

 まだここに居なければならない、真実を話せなかった、ミーニャらに現状を話せないなど不安要素は残ったままだが、彼女なら上手くやってくれるだろうという不思議な安心感も残っていた。


「さぁて、と。一日待つのね……湖に行ったことを伏せつつ、真実を伝えなきゃならないって難しいわね。

 絶対にみんな知っているのに知らないふりをしているんじゃさぁ」


 いくらどう言ったところで多人数で知らないふりをされては打つ手はないが、女王だけならばどうにかなりそうな気もしていた。


「噂を噂でなくせば良くはないか? 真実を証明したら逃げ場はなくなるのでは?」

「誰っ!?」


 突如として聞こえてきた声に鉄格子を握り通路を見るが、そこには影姿かげすがたすらなかった。

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