サンプルを超える本編などありはしない

ちびまるフォイ

サンプルだけで満たされる

「私達、付き合ってもう1年じゃない?」

「そうだったね」


「そろそろ……本物の恋人にならない?」


「いや、いいよ。めんどいし。

 恋愛サンプル終了で」


彼女のサンプル期限3日前に終了させた。

友達に話すともったいないと共通の感想だった。


「なんでサンプルから本彼女にしなかったんだよ。

 あんなに楽しそうにしてたじゃないか」


「なんか……付き合った最初の頃よりも

 日増しに楽しさが失われたっていうか」


「いつまでも初恋を引きずる乙女かよ」


「お前こそ、こないだの友達もサンプルから

 本友達にしなかったじゃないか」


「ちょっとケンカしたからサンプル切った」

「そうなんだ」


あらゆるリスクを回避するためにこの世界はサンプルで満たされている。

友達もサンプルで得られるし、彼女もサンプルで得られる。


サンプル期間中に気に入れば本物になれるし、

気に入らなければサンプル終了すればいい。


「うわっ、このパンまっずいな。失敗した」


「学食で変なパンばかり選び過ぎだ」


「サンプルだと思うと冒険したくなるんだよ」


俺と友達はもうずっとサンプルだけで生活している。

食事もサンプルを寄せ集めただけのもの。

毎日違う献立が並んでいる。


「サンプルだと小さいから腹一杯にならないな。

 本物買いにいこうぜ」


「俺は良いよ。サンプルで十分」


「よく腹一杯になるよな」


「ならないよ。でも別にこれでいい。

 どうせ本物を買ってもサンプルの感動を越えないから」


サンプルが美味しくて感動し、

いざ本物を買って食べてもサンプルほどの感動は得られない。


それならいっそサンプルだらけのほうが

新しい感動を常に得られていいに決まっている。


「サンプルの感動を越えないって思ってんなら

 なんでお前はオレと本友達になったんだ?」


「なんでだろうな……。

 なんか、サンプルで終わるには惜しく感じた」


「友達がいのない答えだなぁ」


これが友達と交わした最後の会話になった。

翌日から友達は行方不明になった。


「先生! あいつの足取りはまだつかめないんですか!?」


自宅を探し、他の友人宅を探し、行きそうな場所を探し。

それでも見つからない焦りから担任に食って掛かった。


「なんで私に聞くんだ……。

 私は他の先生からも聞いてないし……」


「それでも担任ですか! 真面目に探してるんですか!?」


「……もう嫌だこんな仕事……」


翌日、教室にやってきたのは別の教師だった。


「えーー。昨日までの担任の先生は、

 教師サンプル期間を自主的に前倒しで辞めたので

 代わりに私が新しい担任となりました」


ふと教室の片隅に開いている席を見た。


「あそこの席が空いているが遅刻か?

 それとも欠席? なにか知っているか?」


「あの席は俺の友達の席です!

 ずっと行方不明になって探してるんですよ!」


「ふぅん。そうか。まあ、しょうがない。

 ここにいるみんなは普通に勉強しよう」


「なにも感じないのか! あんたは!」


「そうはいっても顔も見たこと無いし。

 それにサンプル教員である私に

 いったいどれほどの教えを期待してるんだ?」


「もういい!」


学校にいるのはほとんどがサンプル教師。

短い期間でめまぐるしく交代するし、熱意は引き継がれない。

生徒の顔や名前を覚える気もないんだろう。


俺は近所の警察署にやってきた。


「というわけで、俺の友達が行方不明なんです。

 当然すでに捜索してるんですよね!?」


「いや捜査依頼出ていないし……」


「探してないんですか!?」


「知らないよ。前のサンプル警官のときに

 探したかもしれないし、それはわからない」


「じゃあ、今探してください!

 捜査依頼が必要なら俺が書きます!!」


「それはご両親の同意がないとダメなんだよ」


「探す気ないのか!」


どうしてこう誰もが他人事なんだ。

サンプル生活に慣れて失うことを恐れなくなったのか。


消えた友人の自宅に向かうと事情を話した。


「捜査依頼を出すには両親の合意が必要なんです。

 はんこだけでいいのでいただけませんか?」


「もう……いいのよ……」


「どうして!? 諦めないてください!

 ちゃんと本腰を入れて探せばきっと……」


「あの子はもう……終わったの……。

 言えることはそれだけよ、もう帰って」


家族の同意は得られずに門前払いされてしまった。

思い出すのも辛いから捜索もせずに諦めているのか。


もはや探しているのは俺だけになった。

本友達が消えてから、クラスメートが学校へ来なくなった。


「また1人欠席が増えたなぁ。

 なんだ。みんなで学級閉鎖狙ってるのか?」


担任は前のサンプル教員からまた別のサンプルへと変わった。

まるで使い捨てだ。


入れ替わる度に生徒への関心は薄らいでいって、

生徒がどんどん行方不明になっていっても

欠席数という数字の増加にしか思えないのだろう。


「きっとこの町に子供を誘拐する悪人がいるんだ。

 俺の友達をきっかけに犯罪を重ねているに決まってる!」


「そういう情報はうちの警察署にはないな」


「あんたもどうせサンプル警官なんだろ。探す気も無いくせに」


「おいガキ。いいか、よく聞け。

 サンプル逮捕しても、相手がサンプル犯人だったらどうする。

 サンプル期間の悪事を捕まえでもしたら……」


「サンプル警官なら失うものなんて無いだろ」


「サンプルが終わっても誤認逮捕したボンクラだと言われるだろう!」


「あんたごときの評判で連続誘拐犯を見逃すのか!」


「そんな悪人がいるならちゃんと証拠と捜査依頼を準備しろ!

 裏取りのないのに動いてたまるか!」


誘拐犯の足取りのひとつもつかめないまま、

ついに教室にいる生徒は俺ひとりとなってしまった。


「最後は俺か……。そう簡単にやられてたまるか」


常にポケットには護身用のカッターを忍ばせた。


いきなりズタ袋を被せられて車に押し込まれても

脱出できる手立てを頭の中で何度もシミュレーションする。


来るなら来てみろ。

誘拐されるにせよ、殺されるにせよ。

タダで済ませるつもりはない。


警戒心を最大まで高めて生活していたが、

それらしい誘拐犯が接触してくることはなかった。


俺だけ避けられる理由があるとすれば、

臨戦態勢になってしまって手が出せなくなったのか。


もし、俺が犯人側だったらどうするか。


「これだけ連続誘拐を成功させてるから

 サンプル犯人のようにパッと諦めないだろう。

 となると……」


警戒している俺を手際よく連れ去るにはどうするか。

「弱み」を握ればいいと犯人は考えるだろう。


「……まさか、母さんを!?」


家には母親がひとりで父親は単身赴任。


俺の住所を割り出して家に先回りして両親を盾にすれば

おとなしく従わせることができると考えるかもしれない。


本人が難しければ周りから崩していく。

連続誘拐犯の考えそうなことだ。


家に慌てて帰った。


「母さん!!」


「あら、早かったのね」


「よかった無事だった!!

 誘拐犯がここに来るかもしれない!」


「誘拐犯? 何言ってるの?」


「俺の友達やクラスメートがどんどん消えていって

 もう学校に残っているのは俺ひとりなんだ。

 きっと誘拐犯がこの町にいるに決まってる」


「落ち着いて。誘拐犯なんていないわ」


「なんでそんなことが言えるんだ!

 ここの警察はみんなサンプル警官でやる気もない!

 教師もサンプルばっかりで、時間をかけて探してすらいないのに!」


「誘拐犯はいないのよ」

「だからどうして!!」


口論が聞こえていたのかリビングから父親が顔を出した。


「なんだうるさいな。なにを争っている」


「父さん!? 単身赴任で家を離れてるんじゃなかったの!?」


「ああ、それだがな」


「それより聞いてくれ! 俺のクラスメートが消えてる!

 最後に残ったのは俺だけなんだ!!」


「安心しろ。誘拐犯なんかいやしない」


「父さんまでどうして!?」


「父さんが帰ってきたのは両親の同意が必要だからなんだ」


「……?」


「仕事が立て込んでいて家に帰れなかったが、

 ほかの家庭は済ませたんだろう。誘拐犯の仕業じゃない。

 この時期になるとそうなるんだ」


「何言ってるんだよ……なにを……?」


父さんは同意書にサインをして見せた。



「子供サンプル期間終了だ。

 どうにも子供がいると負担ばかりだな。

 本子供は不要だとよくわかった」

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