第6話 好きな物
東へ、青の石を求めて向かって行く。
街道沿いに行くと国境に関所が設けられてあるので、深い森の中を通って行く。
途中ゴブリンが出て来たり一角兎に攻撃されたりしたが、難なくそれを往なして仕留めていく。
ゴブリンは素材にならないから胸にある魔石のみ取り除き、炎で燃やして炭にする。
一角兎は角も毛皮も肉も売れるので、丁寧に解体して収納しておく。
時々薬草や魔草を採取し、そうやって旅の資金を確保しながら進んでいく。
エリアスから大量に白金貨を渡されたけど、それに甘えちゃいけない。気持ちは有り難く受け取って、会えたらエリアスに返そうと思う。
私は前世でも旅人だった。その記憶があるので母と二人になった時も然程苦労する事なく過ごす事が出来た。
けれど、今世の母は村長の娘で何不自由なく暮らしていたので、村を出て私と二人になった事でいきなり守って貰える存在がなくなって、常に情緒不安定な精神状態となってしまったのだ。
当時私は5歳だったが、前世の記憶を頼りに旅を進めていくと、母は自分の不甲斐なさを常に悔いるようになっていった。
そんな母を支えながら追っ手から逃れるように旅をし、父や兄を探し続けて10年。
その頃には精神を病んでしまっていた母が、張っていた結界から自ら飛び出して行って徘徊し、盗賊に襲われて殺害されてしまった。
もっと私が上手く母を支えてあげれば良かった。私は母の、親としての自尊心を
親としての気持ちが分からなかった。
子供を、リュカを産んであげる事も育ててあげる事もできなかったから、私は親がどういうものか分かっていなかったんだな。
そうして私は母を死に追いやったのだ。
悔やんでも悔やみきれない。こんな自分が情けなくてどうしようもない。
エリアスもそんな気持ちだったのかも知れない。
エリアスは昔、まだ歩く事も出来ない赤ん坊の頃、自分の能力を制御出来ずに母親を焼き殺してしまった。それを知ってからはずっと悔やんでいて、自分を責め続けていた。
今なら少しだけ、エリアスの気持ちが分かる。こうなってから分かるなんて、本当に自分が未熟過ぎて腹が立つ。
私は今、自分の事を「アシュレイ」と名乗っている。私は前世でも男として生きてきた。その時に名乗っていた名前だ。
私の今世の名前は「アリア」と言う。母が付けてくれた名前で、私が男装をしていても、「そばに誰かいる時は「アシュレイ」って呼んで」って何度言っても、母は私を常に「アリア」と呼んだ。
今はもう私をその名で呼ぶ者はいない。
母の優しく控えめな声で呼ぶ「アリア」という名前を聞く事は出来なくなった。
それからずっと一人で旅をしている。
父と兄の消息は分からない。生きているのかどうかさえ分からない。いや、兄は生きている。それだけは分かる。
せめて紫の石があれば、私は思う人の元へ行くことができるのに……
紫の石は空間移動が出来る石だ。知らない場所には行けないけれど、一度行った場所には行けるし、会いたい人を思うだけでその人の元へと行く事が出来るのだ。
私はエリアスの顔をまだ思い出せない。けれど、私の双子の兄を思い出す事はできる。それは5歳の頃のものだけど、きっと飛んで行く事が出来ると思う。
一番はエリアスに会いたいと思っているけれど、生き別れた父と兄にも会いたいのだ。
そして兄もまた、私と同じ前世の記憶がある。
前世でも私たちは男女の双子だった。私と兄がこうやって生まれたのにも理由がある。
けれど、兄には私に関わらずに生きて欲しいとも思う。会いたい気持ちはあるけれど、会って兄を不幸にしたくはないと思う気持ちもあって、凄く複雑な心境だ。
「私のもう一つの命……」
兄を思うと胸が締め付けられる。私の片割れである兄を、強く強く求めてしまう。
大丈夫。寂しくない。今は一人じゃない。私の中にはリュカがいる。だから大丈夫。
リュカは私が守らなくちゃいけない。今度こそ必ず守るって決めたから。
そうやってしっかり自分に言い聞かせて、歩を進めて行く。
森の奥を進みながら、国境を越えてロヴァダ国へとやって来た。まだ街には程遠いから、今日は野宿をしよう。
実は私も空間移動を使うことができる。空間の精霊ディナと契約したからだ。
しかし、会いたい人に会うことは出来ない。一度行った場所に行くことが出来るだけでも凄い事なのだが……
少し拓けた所があったので、そこで野宿の準備をする。こうやって野宿するのは手慣れたものだ。テントを張って、木を集めて焚き火にする。土魔法でテーブルと椅子を作り出し、料理をする。
さっきの街には珍しくエゾヒツジがあって手に入れる事ができたから、久しぶりにエゾヒツジのクリームスープを作ることにする。
エリアスはこれが凄く好きだった。今もそうなのかな?
そう考えたところで、心臓が大きく脈打つ……!
「リュカにも……思い出す事があったの……?」
テーブルに突っ伏した状態で、優しく聞いてみる。心臓がズキズキ痛むけれど、これはリュカが話しかけてくれているんだ、きっと。
体が落ち着くまで暫く待って、少しずつ呼吸を整えて、何とか体を正常に戻す。
最近こうやって痛む事が多くなってきている気がする。
ううん、そんな事はない。きっと気のせいだ。
大きく息をして気を取り直して料理を作る。エゾヒツジのクリームスープとパンと、一角兎の串焼きが今日のメニューだ。
自分以外の分も食事の用意をする。これは母が亡くなってから続けている事で、こうやって自分で料理を作った時は、私が作る料理を美味しいって誉めてくれた母へ、と思って、そうしているのだ。
今日はエリアスの分も置いてみる事にする。
まぁ、これは私の悪足掻きみたいなもんなんだけど。
食事を終えて、テーブルに残った二人分の食事は小さく結界を張って置いておく事にする。
時々匂いにつられて魔物がやって来て食べ散らかしたりするし、ついでに私も襲う事もあるから、こうやっていつも結界を張ることにしている。
そしてテントにも結界を張っておく。
またいつ痛みが体を襲うか分からないし、魔物も盗賊もこの界隈にはいるかも知れないからだ。
黄色の石を体に取り込んだ事で五感が研ぎ澄まされたから、広範囲で魔物や盗賊が存在するかどうかが分かる。今は大丈夫だけど、眠っている間にどうなるかは分からない。
エリアスに会う前に、どうにかなってしまう訳にはいかないのだ。
テントで眠り、翌朝早くに起きて出発の準備をする。
テーブルの上に置いていた、昨日の食事を見てみる。いつもこうやって一晩置いて、翌朝の朝食にするのが日課のようになっていた。
勿論、結界の中の物は光魔法で浄化させて腐らないようにしてあるので、暑い日でも問題なく食べられるのだが……
置いてあった食事が一人分食べられてあった。
しかも、お皿やスープボウルが洗ったのか浄化したのか、綺麗な状態で重ねて置いてあった。
私の結界はなかなかに強力だ。私や守っている人物が中から外に出る事は問題ないが、外から中へ入り込もうとするのは、私よりも強力な魔力を持つ者でないと無理だ。
この時代、前世の頃よりも魔法も武力も衰退していって、私よりも強い人に会うことは生まれてこのかた会った事がない。
考えられるのは……
「エリアス……?」
額に手をやって、思わずため息が出てしまう。けれど、それからは笑いが込み上げてきて……
「って……ちゃんと食べてるし! 本当にエゾヒツジのクリームスープが好きなんだな!」
その場で一人、大きな声で笑ってしまった。
あぁ……こうやって笑ったのは……2年以上ぶりかも知れない。
私を見守っている、とでも言いたいのか?
なのにまだ姿を見せない。
本当にどうしたいのか。
会えない理由がある?
分からない。けれど、私はエリアスを探すのを止める事はない。
自分で見つけ出せってこと?
イタズラを見つけた時のような感じで、思わず微笑ましく感じてしまう。
「本当に……かわいい人だな……」
少し胸が痛むけれどそれよりも嬉しさの方が勝って、心が暖かくなっていく。
うん、今日も頑張ろう!
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