五年の時を経て、君と

はちみつ

第1話 

 僕は林田諒斗はやしだりょうと。この春から高校に通い始める、16歳だ。


 ちなみに僕は、陰キャだ。中学の頃も、数えるほどの友達しかいなかったから、そんなに感動的な思い出もない。高校は、少し離れたところにあるから、一から人間関係をスタートすることになる。


 正直なところ、友達はできないだろう。というか、友達を作りたくない。


 何で作りたくないのかって?それは……僕にはずっと忘れられない子がいるんだ。父の仕事仲間の一人娘で、小学校の頃まで仲良くしていた女の子。相手側の都合で、遠く離れたところまで引っ越すことになり、そこから僕は二度と彼女と会うことがなかった。思えば彼女が、僕の最初で最後の、本当の友達というやつだったのかもしれない。






「りょうくん!久しぶり!」


「くるちゃん!こんにちは!」


 彼女の名前は花園はなぞのくるみ。名前の通り、とても可愛らしい女の子だった。僕と彼女は会うたびにいつもこんな挨拶を交わしていた。


 りょうくんに、くるちゃん。そんな風に呼び合うほどに僕らは仲が良かったんだ。


 きっかけは、父が仕事で新しい部署に配属された時のことだった。たまたま同じ部署にいたくるちゃんのお父さん、弘人ひろとさんと仕事をするうちに意気投合して、週末には一緒にゴルフに行ったりするほど仲良くなったらしい。


 そんな中、僕と彼女は出会った。初めて会ったのは、たしかクリスマスイブの時だったと思う。お互いの家族を連れて、簡単なクリスマスパーティーをしようという話だった。当時僕らはまだ小学校低学年で、ただ言われるがままに父と母について行った。


「やぁ、陽平ようへい。メリークリスマス」


「あぁ、弘人。メリークリスマス」


 陽平というのは、僕の父の名前だ。


「これが、うちの息子の諒斗だ。ほら、諒斗、こんにちはは?」


「こ、こんにちは……」


 まだ小さかった僕は、とても人見知りだった。知らない人の前だとどうしても緊張してしまう。


「こんにちは、諒斗くん。ほら、今度はくるみの番だよ」


 そういって弘人さんは、後ろに隠れていた女の子に声をかけた。女の子は恐る恐る出てきた。


「花園くるみです……。七歳です……」


「こんにちは、くるみちゃん。七歳ってことは、諒斗と同級生なんだな。是非、仲良くなってもらいたいな」


「そうだね。……じゃあ二人とも、僕たちはこっちでお酒を飲んでるから、二人で仲良くな」


 それだけ言うと、親たちは皆、酒を飲みながら楽しそうに話していた。


 え~っと、どうしたらいいんだろう……。


 人見知りだった僕にとって、この状況はいささか苦痛だった。そーっと彼女の方を盗み見ると、彼女もまた、僕と同じ顔をしていた。


 ……これは、何かしゃべらないといけないんだろう


 僕は勇気を振り絞って、先手を打って話しかけた。


「あ、あのさ、僕、諒斗っていうんだ。よろしくね!」


 何とか噛まずに言えたが、動揺しているのがバレバレな喋り方になってしまった。


「わ、私はくるみっていうの!りょうとくん、よろしくね……」


 そこから僕らの間にあった緊張感は、徐々に消えていった。少なくとも、帰るときにはお互いにまた会いたいと望むほどには。


「ねぇ、お父さん。次はいつ、くるちゃんと会えるの?」


 はやる気持ちを抑えきれずに、僕は帰りの車で父にそう聞いた。


「なんだ、そんなに仲良くなれたのか。それは良かった!そう心配しないでも、また近いうちに会えるよ」


 その言葉通り、僕らは、お互いの親が会う時には決まってついて行って一緒に遊んだ。だんだん年齢が上がってくると、異性は自然と離れてしまうとよく言うが、僕らは決してそんなことにはならなかった。きっと、お互いに適度な距離があったからだろう。


 しかし、そんな時間も終わりを迎えることとなる。弘人さんの異動が決まったのだった。異動先は、いくつも県をまたいだところだったため、家族で引っ越すことになった。


「じゃあな、陽平。元気でな」


「あぁ、またな、弘人。また会える日を待っているよ」


 弘人さんと父は別れの挨拶を済ませる中で、僕らはどうしようもできずにいた。


「お~い、くるみ。そろそろ行くぞ~!」


 もたもたしていると、いよいよお別れの時間になってしまったようだった。僕は咄嗟に上着の右ポケットにしまっていた手紙を彼女に差し出した。


「くるちゃん!これ、受け取って!それと……元気でね!」


 何とか涙を堪えてそう言い切った。すると彼女も受け取ったものとは別の手紙を僕に差し出した。


「りょうくん、私からもこれ、受け取って!きっと、また会えるよ!だから、またね!」


 そういって弘人さんの方へ走っていく瞬間、雫が地面に落ちたように感じたのは気のせいではないだろう。なぜなら僕も、彼女が去った後で、同じようになってしまったからだ。父は何も言わずに僕の背中をさすってくれていた。


 ……大丈夫、きっとまた会える!



 その思いだけを信じて、今日まで生きてきた。彼女と別れたのが小学校六年生にあがる時のことであったから、もう五年も前の話だ。そんなに前のことを信じ続けているなんてばかばかしいと感じる人もいるかもしれないが、僕にとっては彼女が、それほどまでに大きな存在になっていた。


 ……これが恋なのかどうかは、まだわからない。きっとその答えは、次に彼女と会った時までお預けだ。



 昔を懐かしむのをいったんやめて、僕は明日に迫った入学式のための準備をした。

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