第2話 萌えキャラじゃねーか
元の世界で死んでしまった私は、もう仕事に行かなくても良い。
なんなら一日中ここでぷかぷか浮かんでいても良いのだ。よーしパパふやけちゃうぞー。
湯船のふちに頭を乗せて、湯の中でふわりと浮き上がった私はさぞ呆けた顔になっていたことだろう。
と、ふいにホムンクルスの侍女たちが手を止めた。湯煙の向こうに何かを認めると、深々と頭を下げ動かなくなる。
「どうだ、退屈しておらぬか」
おお、この声は。
「ええ。ありがとうございます、旦那様」
むしろ退屈で良いのだ。ダラな私にとっては、ぼんやり万歳。ヒマ最高、なのである。
…時に私はあまり目が良くないのだが、湯気の中をザッバザバ歩いてくる旦那様はアレか。アレなのか。
全裸。
いわゆる肌色一色というやつで間違いないと思われ。巨躯と言っていい体に重そうな筋肉がついているのはシルエットでわかるが、うん、いいんだよ? 風呂なんだから裸なのは当然だし。
つまりは貞操の危機(しかも異種)なのだが、そもそも后になれと言ってきたのが向こうとはいえ、その手に全力ですがったのは私である。さらには調子にのって旦那様呼ばわりまでしているのだから、感謝の気持ちでお好きにどうぞと叫びたい。いや、むしろ。
(湯気め…!)
邪魔だ見えねぇ!今すぐ風魔法あたり使えるようにならないものか。誰が規制してるんだよ晴れろ!
ぐぬぬと唸りアレな部位を凝視している私の前で、旦那様はゆっくりと湯の中に腰を下ろした。くっ、今度は薔薇の花びらが良い仕事をして見えな…い…。
悔し涙を拭い旦那様の顔に目を向けた私は、そのまま優に数秒は固まっていたと思う。
「…えっと、誰?」
「誰とはなんだ、無礼者め」
言葉とは裏腹に、その声には面白そうな響きがあった。
「その、私の知っている旦那様の顔ではないのですが」
「はて、そなたに会うた時はどのような顔であったか」
「山羊でしたね。黒山羊」
絵に書いたような上級悪魔だなーと思ったものだ。
「そうか」
旦那様の声で頷く男には、ライオンの頭が付いていた。
「その日の魔力の調子に応じて、表れやすい要素が変わるのだ。人間で言えば寝癖のようなものであろうか」
「それはまた豪快な寝癖ですね」
動物頭であるからまだ、ファンタジー!で済むが、これが人間頭であったら昨日と今日で顔が違うとか受け入れがたいものがある。
思わず大きなライオン頭の鼻の横を撫でつけるようにしてみると、くるるる…と可愛らしい声がした。
「しかし、そなたは恐れぬのだな」
「私も不思議です。ビビりな方だと思っていたんですけど」
動物頭だから?という推論をすんでのところで呑み込んだ。そういえば動物と幽霊は恐いと思ったことがないな、と思い至る。恐いのも腹が立つのも―――人間ばかりだ。
「あ、そうだ。ごめんなさい」
「なんだ」
「后だなんだおっしゃるもので、ついふざけて旦那様呼びしてましたけど、魔王様、って呼ばないと不敬なのでしょうか」
「かまわぬ」
ライオンが目を細める。そうそう猫って笑うよね!うちにいた子もよく「にまぁ~」って感じに笑ったもんだよ!猫よばわりか。
「そなたにそう呼ばれるのは、悪い気がせぬのだ」
「えっ、カワ…」
「かわ?」
可愛いな、おい。って言いかけたわ!
「いえ、変わってらっしゃるなと」
「そうであろうか」
「…ところで訊きたいことが山のようにありまして、っていうか根本からご説明いただきたいところなのですが、差し迫った点で申し上げますと」
「ふむ」
「この状況って、手ごめにされる5秒前なのでしょうかね?」
ライオンの大きな口が、ぱっかーんと開いた。
やぶさかではないので手荒にするまでもないですよ、と言いたかったのだが、旦那様の反応が予想外すぎて続けられなかった。
「わ、我は…そなたがこの環境に慣れるまで、そっとしておこうと思っておったのだが…」
「そうでしたか、ありがたいことです。突然、
「風呂だからな。忙しさにかまけて、来たばかりのそなたを丸一日放置したのを詫びに来れたのが今だったのである」
「なるほど」
「手ごめ…」
いかん、傷つけたか?
「すみません、つい魔族や魔王のイメージで。だって私、何も知らないんですよ。なぜ王妃様なのかとか、なぜ私なのかとか」
「そなたの魂が美しいからだと言うたであろう?」
そこ!そこがいちばん疑問なんだよ!!
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