第56話 100M 走2

100M 走は男子から行われた。

僕達がスタート地点まで行くと、

100M 走用のラインがくっきりと見えて、

緊張が更に増した。


ふと客席に目が行くと、

客員席の横に設けられた、

生徒会役員席に居る佐々木先輩が目に入った。


「一番は俺が頂くから。

こう見えて走るのは早いから。

会長に良いところを見せるチャンスだな」


櫛田君は凄く挑戦的に宣言した。

確かに僕は走るのは早くないけれども、

こんなに敵対されたのは生まれて初めてだ。

櫛田君は僕が先輩から

“体操服を借りた”

という事実がどちらにしろ気にいらないらしい。


「位置について、よ~い」

という声と共にピストルの音がした。

その音と共に駆け出した僕は勿論、

一番最後でゴールをした。

そして櫛田君は宣言した通り、

1番でゴールした。


生徒会執行部のテントの前を通り過ぎる時、

ニヤニヤとした佐々木先輩の顔を僕は見逃さなかった。


ゴール間際では矢野先輩が、

「要く~んがんばって~!」

と僕にエールを送っていた。


「団が違うのに堂々と応援して何て勇気のある人だ」


と思った僕だけど、

感情表現の大らかな先輩に、

文句を言う人は誰も居なかった。


みな矢野先輩のそう言った性格は、

良く把握しているようだった。


青木君は彼が宣言した通り、

一番でゴールした。

奥野さんは3番だった。


僕は団の点数に貢献することは出来なかったけど、

予想道理だったので、

あまり気落ちはしなかった。


1年生に続いて次は2年生で、

その後は3年生と続いた。


僕は応援席についてワクワクと、

矢野先輩や佐々木先輩の活躍を待った。


佐々木先輩は一番最初の列の走者だった。

先輩の列には、いかにもαと言う様な、

体格の良い先輩たちが並んでいた。

背が高いからそう見えるのか、

実際彼らが皆αなのかは分からなかったけど、

本当に背格好だけを見ても、

誰も佐々木先輩に見劣りはしなかった。


スタートのピストルの音がして、

一斉に飛び出した第1列目は、

佐々木先輩がダントツだった。


走る先輩はやっぱりカッコよかった。

思った通りの出だしで、

ゴールも予想していた通り。

この人に怖い物ってあるんだろうか?

絶対スタート前に緊張して、

ドキドキなんてしなかっただろうな、と思った。


「は~ やっぱりαは違うんだな」


と思って応援していると、

矢野先輩の列の番になった。


佐々木先輩とは逆で、

矢野先輩は何だか自分の様にと言うか、

自分の時よりもドキドキとした。


先輩、転ばないかな?とか、

ビリになったら恥ずかしい思いしないかな?

など、心配で、心配で……


矢野先輩は運動は苦手と言っていたので、

あまり期待はしていなかったが、

当の矢野先輩はと言うと、

意外にも早く、僕はびっくりしてしまった。


「だまされた!」


矢野先輩は腐ってもα。

どんなにスポーツが苦手と言っても、

やっぱり他のβやΩに比べると、

ハッキリと違いは分かった。


矢野先輩が2番手とかなり引き離れて1番を取ったのは、

凄い驚きだった。


「みて下さい青木君!

矢野先輩早いですよ!」


僕はバカみたいにはしゃいで青木君の袖をつかみ、

興奮したように言った。


そんな僕を青木君はジーっと見て、

「お前知らなかったのか?

矢野先輩って走るのバカみたいに早いぞ?

あれだけ一緒にいて気付かなかったとはな」

と言ったので、僕は凄くびっくりした。


「いや、矢野先輩、何時も運動だめだ~って……」

と言いかけると、

「あ~、 まあ確かに全般的に得意ではなさそうだよな。

だが、走るのだけはインハイタイムだからな」


その言葉に僕は更にびっくりした。


「え~! 矢野先輩ってもしかして佐々木先輩より早い……?」


「多分な」

そう言って青木君は涼しい顔をしていた。


僕にとってそのニュースは凄いショッキングだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る