第28話 ゴールデンウィーク4

「要君、ほらこっちきて。ここからだと星がよく見えるよ。」

そう言いながら先輩は持って来たブランケットを芝生の上に敷いた。

僕達は別荘の裏庭にブランケットを敷いて、その上に寝転び、星を眺めながら最後の夜を過ごす事に決めた。


「うわ〜ここからだと星が良くみえますね〜何だか手が届きそう」

僕は両手を精一杯伸ばして、星を掴むような動作をした。

お昼の間はあんなに真っ青だった空が、今では星の光以外は何も見えない真っ暗な空へと移り変わっていた。


「今日は一日とっても楽しかったです。」

「たまには忙しい都会を抜けてゆっくりするのも良いよね。」

「はい!お昼に食べたソフトクリームも美味しかったし!」

「要君は割と食いしん坊だったよね。」

「だって空気が美味しいせいか、食べる物も凄く美味しくて!」

「また一緒に来れたら良いね。」

「本当に…」そう言って僕達は暫く静かになった。

空に広がる満点の星を見ていると、何だか宇宙に吸い込まれる様な気持ちになった。


「ね~先輩?」と僕は話し始めた。

「ん~?」

「先輩はもう進路は決まってるんですか?」

僕はずっと気になってた質問を聞いてみた。

「進路、そうだね〜意外かもしれないけれど、経済を学ぼうと思ってる。」

「えっ?経済ですか?美大ではなくて?」

「ハハ、そんなに驚く事かな?」

「そりゃ驚きますよ!全然想像してませんでした!」

「何故経済なんですか?」

「僕はどちらかといと、母親のやってる画商という仕事に興味があるんだよ。だから、経済と言うより、マーケティグの類かな?」

「どの大学か決めてるんですか?」

「取り敢えずは、都内にある大学あたりで考えてるんだけど、留学もしてみたいね。国際的に活躍したいから。」

「へ〜留学ですか?先輩らしいですね。僕、留学なんて考えた事もありません。」

「基本的には最初から留学したいんだけど、まずは英語を話せないと始まらないからね〜。」

「あ、じゃ、英語圏内への留学なんですか?」

「そうだよ、アメリカのHバードか、Wトンのビジネススクールに行きたいんだ。でも、英語が少し不安でね。」

そう言って先輩は少し苦笑いしていた。

「要君は将来の希望とかあるの?」と僕の方を向いて聞いてきた。

僕は先輩の方を向いて、

「僕は平凡に大学を出て、普通の会社に勤めて、休みの日に好きな絵を描いて~ってなことは思ってますけど、でもやっぱり一番は…」と言って僕は黙り込んだ。


しばらく沈黙が続いた後、「先輩って誰かと付き合った事とかあるんですか?」と聞いてみた。

「ハハ、沢山あるよ…って言いたいけど、実はないんだよね。」

「え〜!先輩すごくモテるって聞いたんですけど、告白されたりとか無かったんですか?」

「え〜誰がそんな事言ったの?」

「良く聞きますよ~先輩の事知ってる人は皆言ってます!」

「え~皆どこでそんな情報、得てくるんだろ?ところで、要君こそどうなの?」

「僕ですか?僕は無い、無い、全然ないです。居たら番探しなんてやってません!それより、先輩の答えはどうなんですか?告白されたり?」

「ま、ないって言えば嘘になるけど、僕より裕也なんかはもっと凄いよ。」

「それって先輩の幼馴染だという生徒会長の?」

「ああ、彼は小さい時からモテたね。同じ幼稚舎に通ってたんだけど、もう女の子の間では裕也の取り合い合戦だったよ。小学校も待ち伏せされたり、家に押しかけられたり、中学校の時なんて、年上のお姉さまにストーカーされたりとか…害がなかったから、あれは結構見ていて面白かったけどね~。高校でも凄いじゃない。ファンクラブあるし、女子の間では抜け駆け禁止!みたいな掟もあるんでしょ?」

「へー凄いですね。モテるって言うのは先輩と同様、聞いた事あるんですが…そう言えば、僕、生徒会長、まだ見た事ないかも…そんなにカッコいいんですか?」

「ハハ、どうだろう?小さい時から見てるからね~でも僕が好きになるタイプとは違うかな?」

「え~先輩、タイプってあるんですか?」

「そりゃあ、あるさ。ま、何故か僕の好きになる人って僕には興味ないんだよね。」

「え~先輩が振られるところって、想像できないんですけど…」

「うん、振られるって言うか、僕っていつも番のいるΩを好きになる傾向があるんだよね…」

「先輩!僕もΩですよ!それにシングル、恋人募集中です!お買い得ですよ!僕、先輩大好きだし!」

「ハハハ、ありがとう。嬉しいこと言ってくれるね〜」

「先輩、僕は本気ですよ!」

「僕も要君大好きだよ!」


先輩は意外にも鈍感だった。

僕は悟ってしまった。

先輩には直球以外通じないと。


「ね~要君?」と、今度は先輩が切り出した。

「なんですか~?」と僕が返事をすると、

「どうやったら運命の相手って直ぐに分かるんだろう?」と、不意に先輩が尋ねてきた。

「そうですねぇ~」と言って、そこでちょっと考えてみた。

僕は先輩の事が好きで、好きで愛おしいと思うけど、そう言えば、運命の番!と感じたことは今までなかった。

何かきっかけがあるんだろうか?

僕は両親の出会いの話はもう、何度も、何度も聞いた事があるけど、その部分は漠然としていて今思えば、はっきりとしていない。

お父さんは、ビビット来たとか、この人だ!とか、そういった類の言葉で表現したけど、普通にだって頭で鐘が鳴ったとか、会った瞬間になんてことは聞く。

やはり運命の番と言うからにはきっとなにか、特別な感情が感じれるはず。僕はそう思いながら、

「きっと、経験してみないと分からないかもですね。多分、一人、一人違うと思うので。」と答えた。

「ねえ、もし、何とも思ってない人が運命の相手だったら、要君はどうする?運命だって受け入れる?」

僕はその問いを考えながら、満天の星をジーっと見つめていた。そして、

「僕、もし運命の番だったら、最初は何とも思わなくっても、巡り合ってしまったら必ずお互いが惹かれる瞬間があると思います。そうでないと、運命は運命では無くなると思うから。」と答えた。

先輩は暫く空を見つめて、

「じゃあ、自分の好きになった人に、既に運命の相手が居たら、要君はどうする?」と尋ねた。

僕は直ぐに先輩自身の事を聞いているんだと言う事が分かった。

暫く僕は想像をしてみた。もし、先輩に運命の相手だと言う人が現れたら…そして先輩もその人に惹かれてしまったら…

もし本当に番になってしまったら…

「僕…諦めちゃいます。愛する人には幸せになって欲しいからって言うのは建前なんですけど、僕、イケイケ!ってなれないんですよね。凄い弱腰で…Ωの性で諦める癖が付いちゃってるとこも少しはあるし…多分、凄く泣いちゃうだろうけど、きっと、もっといい人が現れてくれるって自分に言い聞かせるかな?もしかしたら、もう既に出会ってて、まだ気付いてないだけかもしれないし…その時になったらまた違った感情が渦巻くかもしれませんが、僕と先輩だって、可能性は0では無いんですよ。何時かは僕、先輩に好き・好きって迫る時が来ちゃうこともあるかもしれないし…」


先輩はハハハと笑いながら、「要君は逞しいねぇ~。ところでさ、運命って何だと思う?」と尋ねてきた。

「運命?運命…何だろう?

既に決まってる事?

逃れられないこと?

神に定められた事?

どうでしょう?

よく人は運命は自分で切り開くものって言いますよね?

僕、どちらも当たってるんじゃないかって思います。きっと、運命って形は出来てるんだと思います。その人に合った最善の形で…

でも、その運命を実際に受け取れるかどうかは自分次第じゃ?努力によって勝ち取れるみたいな?

だから運命の相手も、只巡り合うのを待っているだけではダメだってこと?自分から行動を起こして巡り合うチャンスを得ないといけないみたいな?

なんだか自分で言ってて、頭がこんがらがってきました~」

先輩は僕の話を聞きながら、クスクスと笑って、

「要君って、お母さんの声にちょっと似てるよね。要君の方が少し高めのハスキーボイスだけど、目を閉じて話してると、要君のお母さんもここに居るみたい」とポツリと言った。

その言葉を聞いて僕の心はズキズキと痛んだ。

そして加えて、「でも、僕は要君の声、凄く好きだよ。」とも言ってくれた。

時に先輩は凄く残酷だ。それはきっと僕の気持ちを知らないから。


多分先輩は僕を僕として尊重してくれている。

でもどこかで先輩は僕を通してお母さんを見てる…そんな気持ちがブワッと溢れて、何ともやるせない気持ちになった。

先輩はお母さんの事をどれくらい好きなんだろう?

愛してるの好きなのかな?

親愛の好きなのかな?

もし愛してるの好きだったら、先輩はお母さんの事を諦められるんだろうか?


お母さんには既に番が居る。もう誰の番にもなる事は出来ない。

いや、僕はお父さんと、お母さんは何があっても番を解消するとは到底思えない。

彼らの結びつきは想像を絶するものがある。

そんな彼らを何時も見ている僕だからそれが断言できる。

もしお父さんが不意の事故で死んでしまっても、お母さんはお父さんとの番を解消したりしないだろう。

きっとそれが運命の番なんだ。心からそう思った。

でも、お母さんへの気持ちを知ってしまった先輩に、僕はそのことは言えなかった。


「大分寒くなったね。そろそろ中に入ろうか?」と先輩が切り出してきた

「そうですね。温かいお風呂に入って、荷物も詰めなきゃだしね。は〜すごく早い3日間でしたね。僕、まだ帰りたくないや。」

「あっという間だったよね。今度はもっとゆっくりできるように、1週間くらいかけて来ようね。」

そう言いながら、芝生の上に敷いたブランケットをパタパタと払って、僕達は家の中へと入っていった。

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