ありふれた孤独

緑青

ベランダ

 眠れなくて、ベランダに出てみた。

そこそこ街なので家や建物の明かりがついていて、深夜なのに活動している気配がする。

 空は曇っていた。星が見えるほど綺麗な空気ではないので構わないが、たまには数えてみたいと思う。何億光年も前の輝きを見るのは好きだ。

 流れ星も見たことがない、星座にも興味がないただのフリーターだが、冷えた夜に一人でいると、不思議な気分になる。

 今ここから飛び降りても、誰も自分を気にしない。

 朝になって物言わぬ物体が倒れているだけで、数日で騒動は収まるだろう。

 問題は生き残ってしまった場合だ。後遺症でも残れば、きっと後悔するだろう。

 だから、飛び降りはやめた。

 衝動的になることもできず、どうすれば楽になるかを考える。

 なんとも怠惰な奴だと自嘲する。

 自分には全てだと思えるものがなかった。特技や趣味も仕事になるほど極めているわけじゃない。何かに熱中できた試しがない。

 適当に勧められたスポーツをやって、適当に勉強して、きっちりフルタイムは合わないのでバイトをしている。

 程々に社会貢献して、ご飯を食べて風呂に入って寝るのを繰り返す。

 そんな日常に、区切りをつけたかった。

 タオルで自分の首を締めた時の、脳に酸素が回らない感覚を思い出す。あ、もう駄目かもからが肝心なのに、酸素を求めて手が緩む。

 包丁で腹を刺そうとして、皮膚に傷がついただけだったのを思い出す。あの時は風呂で染みてようやく通った刃が皮膚の表面だけだったことに拍子抜けした。

 力を込めたつもりでも、意外と刺さらない。

 色んな死に方を試したが、どうも上手くいかない。いや、上手くできないのは生き方だ。

 もっと器用に、前向きな人生を送れたら、この薄暗い気持ちは消えるのだろうか。


 実家とも疎遠で恋人もいなくて、職場はただのお金を得るための場所で。

 自立して歩けることが、無意識に呼吸できることがありがたいことなのはわかっている。きっと生まれてきたこと自体が奇跡に等しくて、二十年も生きてこれたのも何かに守られていたから無事なのかもしれない。

 けれどどうにも、息苦しい。

 ひとりの夜が、どうしようもなく寂しくて、辛くて、泣きたくなるほどで。

 ひとりで逝く前に、誰かの腕に抱き締めてほしかった。

「なんてな……」

 誰も自分を気にかける人なんていない。皆自分のことで手一杯で、それが普通だ。

 夜明けまでまだ遠い。

 今日も生きながら、楽になれる方法を探している。今の生き方が、自分の全てだ。

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