寝息の理由

月のきおん

第1話

それは私がいつもと同じ様に寝ようと布団に入った時の出来事だった。

今日も一日が終わるその時だった。

どこからか私を呼ぶ声が聞こえて来た。

「もしかして、奈帆子さんですか。」


いきなり名前を言い何故私の事を知っている人?


「誰ですか?」


「確かに奈帆子さんですね。私は香月結衣と言う者です。実はこんな話をするのを迷ったのですが私はあなたの夫の隠し子です。歳は16歳。高校一年生です。」


「えっ?どうして?何でー?!」

私は寝室で隣に寝ている夫を起こさない様にして居間に行きソファに座った。

こんな事初めて!えっ、本当に、陽二さんの隠し子なの〜?

普段こんな事滅多に有り得ない、出来事が今実際に起きている。

ついさっきの声が聞こえたのは今は…。

全く聞こえて来ない。

私は自分の呼吸が荒くなるのが分かった。

この事を陽二さんに話そうか辞めるべきか、奈帆子は考えた。額に汗をかいていたのを手で拭った。


奈帆子はすぐ今の壁に掛かっている時計に目をやった。

深夜23時。台所に行き手を洗い水道の水をコップに入れて飲んだ。

とても喉が渇いて居た。


季節はもう直ぐで八月になろうとしている。

クーラーが静かな夜にもしっかり動いてくれている。


今の隣の和室の部屋に奈帆子と陽二は寝ている。

さっき陽二は軽くイビキをかいて寝ていた。

これがいつもの風景だが、今夜は全く本当なら有り得ない出来事だった。


陽二に本当に隠し子が居るのかが、、

奈帆子には想像出来ない。未だ信じられない。


とにかく寝なきゃ!

奈帆子は又隣の寝室に戻り寝る事にした。


陽二はさっきより静かな寝息で寝ている。


明日は何も用事ないけど、夫の事を興信所に頼んで調べてもらおうかしら。

奈帆子は思った。

たったこれだけの事で、興信所はまだ早いかな。


さて、本当にそろそろ寝よう。

そして今夜もあっと言う間に一日が終わるのだった。

私の夫に隠し子が居る。

奈帆子は夕飯の支度をして居る。

肉と野菜を炒めてと。


昨夜の件を陽二に言おうか言うまいかと夕飯を作りながら考えていた。


奈帆子と陽二には子供は居ない。


結婚当初から奈帆子は仕事をして居たので子供を作る時期を逃してしまったのだ。

二人は4歳離れているだけの陽二が54歳奈帆子は50歳。

もう人生の折り返し地点はとっくに過ぎて居る。


さぁ。カレーが出来た。

後は陽二に聞くしか無い。

奈帆子はそんなアイデアしか浮かばなかった。

あの声の主の声が今夜また聞こえるのだろうか。

高校一年生と言ってた。


後1時間位で陽二が仕事から帰る。

帰ったらいつも陽二はコーヒーを淹れるのが日課だ。その時に言ってみようか。

奈帆子は食器棚のドアに手を置いて考えていた。

居間の時計は17時35分。


「ただいまー。あー腹ペコ。奈帆子今日の夕飯何?」


「陽ちゃんの好きなチキンカレー!」


「カレーが食べたかった!直ぐ手洗ってくるか。」


二人で台所側にあるカウンターで食べるカレーは格別だ。

陽二はカレーに目が無いのだ。


そして食べ終わり、


「あー食った。先にシャワー浴びてくるよ。コーヒーはその後に。今日も汗かいたなぁ!」


本当にこの人に隠し子なんて居るのか疑問だった。

結婚して20年が経つふたりには考えられ無かった。

それに何故隠し子が幽霊か幻聴か。


私はついに精神科行き?


そんな事も陽二に話をしたかった。


「あー。転職した先の店の店長の仕事なかなか慣れないなぁ。」

陽二は、レストランの店長をしている。

明るい性格で誰からも頼られる夫に奈帆子は嬉しい。


「慣れる迄は大変ね。」


奈帆子が陽二に笑う。陽二もつられて笑った。


そして陽二はコーヒーを淹れる。奈帆子はじっと陽二の手を見つめていた。


「さあ、入ったよ。いつもの。」


陽二が一口コーヒーを飲んだ時、奈帆子が言った。


「あのね、陽ちゃん、私昨夜寝る時に若い女性の声を聞いたの。」


「若い?女性?何、それ?」


「だからね、それで。」


私は昨夜あった事を話した。


「俺に隠し子? えっ? それはー?!」


「本当に陽ちゃんの子?」


「うん。多分そうだった。過去に一回だけ…。あの〜。」


「陽ちゃん。」


奈帆子は陽二の話をじっと聞いていた。


今から16年前の出来事だった。

陽二がまだ39歳の頃だった。

陽二はその時ガソリンスタンドで働いて居た。


あれは16年前の雨が降るガソリンスタンドにバイクに乗る、二十代後半位の女性が雨に濡れてやって来た。


駅前のコンビニの駐車場で、ヘルメットを盗まれた、と陽二に話をしたそうだ。


陽二はその女性にタオルを差し出すと泣き出したと言った。


スタンドの椅子に座りなよ、と陽二は椅子を差し出した。

季節は1月真冬で凍えそうな女性を放って置けなかった。


「どうしたの? もう直ぐ仕事終わるからその時に何があったか話を聞かせて!」


女性に温かい缶コーヒーを渡して中の電気ストーブで暖をとる事にした女性の顔は少しだけ頬が緩み始めた。


この日の夜ふたりは一夜を共にした。


そしてその女性が何回かバイクの給油に来る様になった。

何回か来るうちに元気を取り戻した。


そしていつもの女性は来なくなった。

ぱったりと、連絡も途絶えた。


「陽ちゃんその事ずっと黙って居たわね、酷い!」


「悪かったよな、俺も。でもほっては置けなかったんだ。。」


「何であの女の子私に話をしに来たのかしら。」


「分からん。何がなんだか。俺にも分からないよ。」


「陽ちゃんずっと黙ってたから明日からのお夕飯私知らないからね。」


陽二は黙ってコーヒーを手に持ち、寝室に入って行った。


本当に男は勝手なんだから〜!

奈帆子は怒るのをやめ一言、


「あっー!明日マッーサージ行こう!」


そしてその夜は何も謎の女の子からの声は無かった、


今朝は4時に目が覚めた。

この時間はまだシーンとしている。


そうおとといの出来事が夢の様に思える。

フー。と溜息をついた。


その時である。又あの少女の声が聞こえて来た。


「奈帆子さん。私です。結衣です。実は私の母は10年前に他界しています。母はとても私に良くしてくれました。その私も母と一緒に他界しました。母が運転していた車がトラックと接触して母と私は死にました。

母はずっと陽二さんの事を気にかけていました。奈帆子さんと陽二さんが結婚した時にはとても喜んでいたのです。」


「本当に? えっとそれで結衣さんは何故今私に話をしに来たのですか?」


「母はずっと陽二さん私のお父さんを見守り続けて来たのをもう奈帆子さんに任せたいと言い私が代わりに来ました。ビックリさせてごめんなさい。これが私達の使命でした。」


「私はお父さんと話をしたかった。奈帆子さんと話せたからもうそれで良いのです。」


「そんなー。私は大したことない陽二さんに出来てはいない。それに昨夜陽二さんを怒ってしまった。そんな小さな女です。」


「それでは私はもう戻ります。」


えっ?!あのっ。結衣さん?!ねえ?!


気がついたらもう6時だった。


陽二はまだ、寝ていた。寝息は静かな音に聞こえた。


その事を早速朝、陽二に話をした。


陽二は新聞を読んでいた。


「陽ちゃん、聞いてる? ねえ、返事してよー。」


「あっ聞いてるよ。それ本当の話?

俺のこといつも見てたのか?」


「確かに陽ちゃんの娘さんよ。交通事故で他界していたの。」


陽二がいきなり静かになった。

手を合わせ黙祷をしている。

涙が光り落ちたのが見えた。


奈帆子も一緒に手を合わせ目を瞑った。


「ありがとう結衣さんのお母さん。結衣さんも。」


ふたりは暫く目を瞑って祈り続けたのだった。
































































































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