Night Revolver about 0

春嵐

第1話

街の景色。


この街が好きだった。


川沿いの夕暮れ。わずかな水の音と、雲の狭間から差し込む夕日。


これだけでも充分なのに、夜の街はまた違った貌を見せる。

なにより、ネオンの光が優しかった。人並みに差し込む、いくつもの光。そのすべてが、あたたかく、包み込んでくる。


「また、見てるな」


後ろから、声。


「おっさんは、暇なの?」


振り返らずに、応答する。


「暇ではねぇな。忙しい」


隣に立って、煙草をくわえる。


「火、貸そうか?」


「なんでお前が火なんか持ってるんだよ」


買った。この人の煙草に、火を点けるために。


「俺が言えたことじゃないが、煙草はやめとけ。身体に良くない。少なくとも高校にいる間は」


「そうね。あんたもやめたら」


「俺は別さ。高校生でもない」


この人は、自分がいるとき、煙草に火を点けない。


「じゃあ、点けてあげる。火」


だから、自分で点ける。ライターを取り出して、くるっと回す。


「おっ、お前なかなか手先が器用だな」


「ばかいえ」


手先が器用なのではない。手首を人よりもうまく動かせるだけ。何の取り柄にもならない、意味のない、そして自分の唯一の、長所。


「この手首、アルバイトのときしか使わないもの」


「資料作成のバイトか」


少し高いライターだった。資料作成のアルバイトを普段の二倍入れて、なんとか届く値段。


手首の動きだけでカバーを外す。


「はい。煙草をこっちに」


この人は、頑なに火を受け入れようとしない。


「ちょっと」


煙草が、火から器用に逃げる。

なら、これでもいい。身体を預けたい。触ってみたい。


「うわ」


避けられた。草の味。


「身持ちが固いぜ」


あの人。


さっきと同じ姿勢で、夕日のほうを見ている。その手には、私のライター。


「このライター、もらっていいか」


「いいよ」


断るべきだった。返せと言って飛びかかったほうが。


できなかった。


ライターを眺める顔に、悲しい感情が一瞬映ったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る