八日目の〝清楚系美少女〟は「はじめまして」とぎこちなく微笑んで

シラサキケージロウ

リープ3 バタフライ・エフェクト その1

「僕がタイムリープ出来るって言ったら、どうする?」


 専洋大学に通う学友、園敦は悩ましげにそう呟いて大げさに息を吐いた。


 今朝早く、近所にある行きつけの喫茶店、『しまうま』に突然呼び出されたと思ったら、朝の挨拶もそこそこにこれだ。


 いきなりのことに返す言葉が見つかるわけもなく、俺は時間を稼ぐために「そうだな」と言いつつ、アイスコーヒーをストローでかき混ぜた。グラスと氷がぶつかり合うカランコロンという音だけが俺達の間に響く。店内にいる少ない客に、あまりに荒唐無稽なことを言った男と、その向かいに座る俺を気に留める様子はない。窓の外に揺れる緑の葉は葉桜だろうか。時間が蜜のようにゆっくりと落ちていく。

だんだんと冷静になってきた頭に、「これはドッキリか何かなのだろうか」という考えが一瞬だけ過ぎったが、中学一年生から続く園との友人関係が、「そんなことあるわけがない」と告げている。園という男は、色々と拗らせてなにかと面倒な性格の持ち主ではあるが、度を過ぎた冗談で人を困らせるような男ではない。


 となれば、いつもの〝病気〟だろうか?


〝本物の役者〟を志す男である園は、何かを演じるとなると本物としての役作りに余念がない。それがまさしく病気と呼んでしかるべきもので、ホームレスの役をやる時は一週間ほど川べりに住んだり、料理人の役をやるとなれば知り合いの料理人のところへ二か月ほど修行に行ったりと、何かとやりすぎな感が否めない。力づくで止めなければ、役作りのため自分の歯を抜いていたようなこともある。


 これを踏まえて、「どうする?」と聞かれた俺はどうするべきか。


 もしかしたら、園の言う〝タイムリープ〟が俺の想像する〝タイムリープ〟と違うのではと思い、一縷の望みを掛けて「タイムリープってなんだよ」と牽制を入れてみたが、「時間跳躍のことに決まってるだろう」とあっさり返され、残念なことに認識のすり合わせは難なく終わった。


「……そうだな。とりあえず、いい精神病院を調べといてやる。お前の病気もそろそろ治さなくちゃいけないころだ」


「わかった。君、僕の言うこと信じてないだろう」


「当たり前だろ。実は俺の正体はバットマンなんだなんて言ったら、お前は信じるのか?」


「信じるわけがないだろう。バットマンはブルース・ウェインだし、そもそもバットマンは現実じゃない」


「そりゃいいこと聞いた。だから俺からもいいこと教えてやる。〝時をかける大学生〟も現実じゃない」


「ところがどっこい、現実なのさ」


 園は自信ありげに胸を張り、「いいかい?」とやけに張りのある声で言って、人差し指を天井に向けてぴんと立てた。相変わらず喋り方が芝居掛かっている。こいつは歩く場所全てを自分の舞台だと思っている節がある。


 園はミステリ映画に出てくる胡散臭い探偵の如く、「江波千晃(えばちあき)くん」と俺の名前をわざわざフルネームで呼んだ。


「なんだよ。へっぽこ探偵」


「失礼な。シャーロック・園と呼びたまえ。さて、では手始めに君の今朝の朝食を言い当てよう。ずばり、コーンフレークにハムエッグだ。本当は炊き立ての白飯を食べる予定でハムエッグを焼いたのに、炊飯器の中身は空っぽだったから、泣く泣くコーンフレークなんかを食べる羽目になった。違うかな?」


 そう言われて俺はややぎょっとした。


 確かにシャーロック・園の言う通り、今朝の俺の朝食はコーンフレークにハムエッグだ。というのも、予約スイッチを入れたはずの炊飯器のコンセントがどうしてか抜けていたからである。不思議だとは思っていたが、なるほどこれなら納得だ。


「とんでもないことやる男だな。タイムリープの妄想を現実にするために、わざわざ家に忍び込んだってわけか?」


「妄想を現実にするためってところは否定するけど、確かにやったのは僕だ。時間を超えて、ちょっと細工してきたってわけさ」


「信じるかよそんなこと。つくならもっとマシなウソつけ」


「ああ。一週間前の君もそう言ってた。だから僕の能力を証明するため、こんなことをやったんじゃないか」


 こうなるといよいよ心配だ。役作りに熱中するあまり、園敦としての自分がどこかへ消えてしまったらしい。一刻も早く医者に診せるべきだと思い立ち、スマートフォンに手を掛けるその直前、園は俺の眼前に手のひらを突きだし「待った」をかけた。


「窓際の席にいるカップルにご注目。金髪の彼女と眼鏡を掛けた痩せ気味の彼だ。あと30秒もせず、彼女が彼のことを叩くから」


 何をバカなことをと思いつつ視線を移せば、金髪の女が向かいに座っているもやしみたいに細い男の横っ面をひっぱたいたから驚いた。


「すぐに女性店員が止めに入るけど、彼女はいっそうヒートアップ。なんでだと思う?」


「知らん。何やったんだ、お前」


「正解が出ないのはわかってるから答えを言うよ。怒りの理由が彼の浮気なのに、そんな彼が女性店員に見とれていたから。まあ、これじゃあ反省の色無しってことでもう一回叩かれたってしょうがない」


 すると園の予言通り、黒い髪の女性店員が「ケンカは止めましょうよ」と弱々しく近づいてくるや否や、女は再び男の横っ面に平手打ちを食らわせる。いよいよ怖くなってくる。


「彼女は肩に掛けていたバッグを彼の顔に投げつけて去って行く。大方、彼から貰ったものなんだろうね。で、彼は彼女を追いかけもせずに、叩かれたところが赤くなってないか確認するためトイレに入る、と」


 女はバッグを男に投げつけ、おまけにテーブルの上に置いてあった水を男の顔に掛けて店を出ていった。男は周りの客や店員に対し、ちっとも悪びれていない様子で「どうもご迷惑かけまして」なんてペコペコ頭を下げているが、席を立つ様子は無く、おしぼりで濡れた眼鏡を拭くばかりだ。


「予言が外れたな」と俺が言ってやると、園は却って園は誇らしげに胸を張った。


「でも、だいたいは僕の言う通りだったじゃないか。これを予測や当てずっぽうって言えると思う?」


 園の言うことは否定出来ない。だからって、何もかも簡単に信じたようではまぬけだ。例の病気ではないにせよ、こいつの所属する映画サークル、『白鯨』の撮影に付き合わされているだけという可能性もまだある。


 だから俺は「わかった」と頷き、「半分だけ信じてやる」と続けようとしたのだが、「半分じゃなくて全部信じてよ」なんて園が先に言いだしたので言葉を失った。タイムリープ云々はともかく、コイツは本気だ。


「……わかった。全部信じる。で、お前は俺にタイムリープが出来ることを証明してどうしようってんだ?」


「大変なお願いさ」と言って園は前髪をさらりとかきあげた。


「まあ、まずはついて来てよ」

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