第26話 男同士で淫れる


(遊子視点)



 ややや! これは予想外の展開!


 ハルキのやる気を引き出したものは、私の色気や励ましではなく、トレーナーのお兄さんの勇姿だった!


「じゃあまずは、バーだけで引いてみようか!」


「はいっ!」


 男同士の世界である。


 正直、嫌いではない。


 嫌いではないが、正直悔しかった。


 淫魔が男に男を取られてしまうなど、甚だしい屈辱である。


(ま、まあ……それで強くなってくれるのなら、我慢するしかないけど……)


 マミ姉さんに取られるよりは、いくらかマシだ。


 私は固唾を飲んで、ハルキとお兄さんの絡みを見守る。


「背筋をもっとまっすぐにするんだ! 腹筋にも力をいれて……ソウッ! いいよ! その調子ダッ!」


「は、はい!」


 20kgのバーを握って、床引きの動作を繰り返するハルキ。


 デッドリフトという種目は、ほぼ全身の筋肉を使うようだ。


「今度は逆に背筋が反りすぎているよ! そこのキミも、是非とも見ておくんだ!」


「は、はいぃ!?」


 ぽけーっと見ていると、なんと私まで巻き込まれた!


 でもこれって、女の子でもやって良い種目なのだろうか?


 あんな重たいバーベル、絶対に持ち上がらないよ……。


「デッドリフトは、ちょっとしたフォームの淫れが命取りになる! キミも正しいフォームを覚えて、そしてお互いに注意しあえるようになると良いぞ!」


「は、はい!」


 そうか、私が見張ることで、ハルキを怪我から守るのだ。


 怪我をしてしまったら、トレーニングが出来なくなってしまう。


 そうなったら大変だ……。


 私は目を皿のようにして、男同士の絡みを見守った。


「よしっ! いい感じだ! 少しウェイトを足してみよう!」


 バーだけだったところに、左右10kgのウェイトが追加され、合計で40kgになる。


「よしっ! じゃあ10発連続でイッてみよう!」


「は、はい! うらっ!」


 40kgといえば、私の体重より重いのだ。


 それをハルキは、意外と軽そうに上げ下げする。


(う、うう……♡)


 何故だかその姿を見ていたら、胸の奥がキュンっとなってしまった。


 ああ、私いま……とってもあの『バーベル』になりたい!


「5……6……7……!」


「ぐ、ぐあああっ!?」


「むっ?」


 だが、あと3回というところで、ハルキが急に苦しみ出した。


 フォームは問題ないようだったし、一体何が行けなかったんだろう?


「やっべ……! 握力が……!?」


 と言ってハルキは、床にバーベルを置いてしまう。


「はははっ! やはりグリップが先に限界がきたか!」


「くっ……! どうすれば良いんでしょう!? 背中や脚は、まだまだ行けるのに……」


「うむっ! ではミックスグリップにしてみようっ!」


「ミックスグリップ?」


「片方の手をオーバーハンドで、もう片方をアンダーハンドで保持するんだ!」


 私はその説明を聞きつつ、自分でもやってみる。


 えーっと……片方はオーバーハンド。


 そしてもう片方は、アンダーハンド……。


「わぁ!?」


 こ、これは……まさに『バー♡』を握る時のグリップではないか!


 アレを両手で握ろうと思ったら、やっぱりこうなるよねっ!


「こ、これで良いですか?」 


「うむっ! それでもう一度やってみよう!」


「はいっ!」


 そして再び、床引きの動作を開始するハルキ。


 さっきより随分と楽そうだ。


「す、すごい! さっきより握力に来ない!」


「そうだ! ダブルオーバーハンドより、高重量をグリップできる! しかし、左右が非対称になってしまうのが弱点だ!」


 そうしてハルキは、そこからさらに5回ほどバーベルを引き上げた。


「はぁ……はぁ……握力筋がパンパンです!」


「うむっ! この種目は、下半身の全ての筋肉と背筋、そして肩、前腕筋群、さらには腹筋にも刺激が入る! 使わない筋肉を数えたほうが早いくらいのトレーニングなんだ!」


「それは強まりますね!」


「ああ、強まる! しかも、それだけの筋肉を同時に全力稼働させるから『ココ』にも凄まじい負荷がかかるんだ!」


 と言ってお兄さんが指し示したのは首?


 いいや、どうやら延髄のようだ。


「人体の全運動神経を統括する運動中枢……ここが凄まじく鍛えられるうぅ!」


「!?」


 筋肉だけではなく、神経までもが鍛えられる?


 そんなすごいものだったの、ジムトレって。


 何だかもう、漫画みたいな世界じゃない?


 ハルキもすっかり、目を輝かせてしまっているし……。


「う、うおおお……。お兄さん! 俺、もっと強くなりたいです!」


「よし! いいぞ! お兄さんにまかせておけ!」


「う、うおおお! お兄さん……! お兄さんのこと……『兄貴』って呼んでいいですか!?」


「ははは良いともブラザー! 今日はとことんまでイクゾー!」


「は、はい! 兄貴いいいぃぃぃ!!」


「うわあああー!?」


 そこで私は、たまらず間に割って入った!


「だ、だめえええー!」


「な、なんだ遊子!?」


 そっちの世界には……そっちの世界にだけは行かせないんだから!


 あなたは私の大事な『贄』なんだからぁああー!


「ごご、ごめんなさいお兄さん! ちょっとこれから、私とハルキは用事があって……!」


「えっ! そんなのあったっけ?」


「い、いいからー!」


「はっはっは! 何だか良くわからないが、またいつでもおいで! お兄さんは土日の今頃は必ずいるよ! いつまでも待っているよおおおおー!」


「あ、兄貴いいいいぃぃー!」


「だめええええー!」


 そうして私は、イケない道に引きずり込まれそうになっていたハルキを、やっとの思いでジムから引きずり出したのだった……。


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