第25話 重力が淫れる


「あ、あのっ!」


「はい?」


 俺は、人生でこれ以上ないほどの勇気とともに、お兄さんに話しかけた!


「こ、これはどんなトレーニングなんですか!?」


 まずはトレーニングの話から入る。


 本当は、どうしたお兄さんみたいに強くなれますかと聞きたかったけど、いきなり聞くのは流石に恥ずかしいや……。


「おおっ、キミ! デッドリフトに興味があるのか!」


 するとお兄さんは腰に手をあて、爽やかスマイルとともに白い歯を光らせた。


「で、デット?」


「リフト?」


 初めて聞くその単語に、俺と遊子は軽くビビってしまう。


 なんだか、とても強そうな響きだ。


「そうだ! これはベンチプレス、スクワットに並ぶ筋トレBIG3と呼ばれているものの一つ、デッドリフトだ! ちょっとやってみせようか!」


 お兄さんはそう言うと、先程の滅茶苦茶重そうなバーベルの前にたった。


 乗せてあるウェイトを数えてみる。


 20kgが4枚、15kgが4枚、10kgが4枚ついている。


 バーそのものが20kgだから、えーと……ちょうど200kgか!


「これは、床の上に静止した荷重……つまりデッドウェイトを、腰の高さまで引き上げるトレーニングだ。別名で床引きともいわれている!」


 つま先が、バーの下くらいに入る位置に立つ。


 そしてスクワットと似たような感じでお尻を落とし、上半身を前傾させてバーを握る。


「これはフォームがとっても重要なんだ。間違ったフォームでやると身体を痛めるし、効果も薄くなる!」


「な、なるほど……」


「ほえええ……」


 お兄さんは、普通にスリムであり、ジャージの上からはさほどムキムキには見えない。


 どうやったらあんな重いものを持ち上げられるんだろう。


「構えた時に、肩がバーの少し前に来るのがポイントだ。ここから一気に、腰を前に突き出すイメージで持ち上げる――フッ!」


「おおっ!」


「す、すごい……!」


 200kgのバーベルが、いとも簡単に持ち上がってしまった。


 まるでここだけ、重量の値が淫れているようだ!


「フッ……! ハッ……!」


 さらにお兄さんは、3発、4発とバーベルを上げ、そこからテクテクと歩いていって、バーベルをラックの上に置いた。


――ガッション。


 そこでようやく少しだけ、金属音のようなものが鳴った。


「ふぅ……! やっぱり200kgもあると効くなー。強くなろうと思ったら、やっぱりデッドリフトは外せないな!」


 お兄さんは軽く腰をもみなつつ、再び白い歯を光らせた。


「お、俺もこれをやれば、お兄さんくらいになれますか!?」


「もちろんだとも! ただし、フォームが固まらないうちは無理をしないことだ! あと、このパワーベルトを必ずつけること!」


 と言ってお兄さんは、ラックの横に吊るしてある、備え付けのパワーベルトを俺に渡してきた。


 革で出来た、チャンピオンベルトみたいな太さのベルトである。


 俺はさっそく、それを巻いてみた。


「ふ、ふおおお!?」


「ははは! わかるかい!?」


 なんだかそれだけで、随分と力持ちになった気がした!


 今ならこの200kgのバーベルでも、少しくらいなら持ち上がりそうだ!


「ちょ、ちょっとこれ持ち上げて見ても良いですか?」


「うむっ! 腰を痛めないようにな!」


「は、はい!」


 俺は腹筋に力を入れると、膝の高さくらいの位置に置いてあるバーベルを握った。


 そして、渾身の力で持ち上げる!


「む! むぐぐー!?」


 だが、200kgのバーベルは、1ミリたりとも持ち上がらなかった……。


「はっはっは! 最低でも背筋力が200kg必要だ! まあ無理だろう!」


「ぐおおおー!?」


 だが俺は実感した。


 200kgというこの重さ。


 いつか必ず、持ち上げてみせる!


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