第9話 お姉さんが淫れる


「あ、あああ……足が!」


「頑張ったね♡ ハルキ♡」


 あまりに追い込みすぎてしまって、ロッカールームまで遊子の肩を借りることになってしまった。


 よろよろとベンチに座り、足をプルプルさせながら制服に着替える。


 代えのシャツを持ってきておいて正解だったな。


 絞れそうなほどに汗をかいてしまっている。


 特に、遊子の体温で蒸れた背中の部分がビショビショだ。


「ふうー」


 なんとか立ち上がり、覚束ない足取りでロッカールームを後にする。


 そして、昨日と同じベンチで遊子を待っていた時のことだった。



――ウ、ウウウウ……


――シクシク……ウッウ……。


――モウ駄目ダァ……。



 ジムでトレーニングに励んでいた集団が、見るも無残な姿で戻ってきたのだ 


 目から完全に精気が失われている。


 逆転サヨナラ負けを喫した高校球児……もしくはロスタイムに決定弾を食らったサッカーチーム……。


 そんな哀れな光景を彷彿とさせる、どこまでも打ちひしがれた様相だった。



――モウ来ネエ……。


――死ニテエ……。



「…………」


 ゾロゾロと市営体育館を後にする男の人達を、俺は呆然と見送った。


 一体、何があった!?


「おまたせハルキーって、わあ……♡」


 遊子もまた、その哀愁漂う後ろ姿を見て、口をポカーンと空けていた。


「どうやったら、あんなに絞れるのー!?」


「さ、さあ……」


 想像も出来ないし、知りたくもないな!


「ねぇねぇ、ちょっとマミさん達に聞きに行ってみようよ!」


「ええっ!?」


「今後のトレーニングの参考になるかもじゃん!」


「や、やだよ!」


 あんなガタイの良い人達が、死にそうな顔になるトレーニングなんて嫌だよ!


「ほらほらイクー!」


「わわわっ! ちょっと待てって!」


 遊子がグイグイと手を引っ張ってくる。


 俺は足がプルプルになるほど疲労しているので、その手にしがみついて行くのがやっとだった。



 * * *



「マミさーん! ナオミさーん! 何をやったんですーー!?」


「あらー♡ 遊子ちゃーん」


「うへへへへ♡ 大収穫だったあー!」


 2人とも、随分と顔の色ツヤがよくなっていた。


 頭のてっぺんからつま先までテッカテカだ。


 そしてジムの中には、すごい熱気がこもっている。


 ガラス窓まで曇っていて、まるでサウナだ。


「全力サーキットトレーニングで、5回もまわしちゃったわっ♡」


「サーキット?」


「トレーニング?」


 改めてジムの様子を見てみると、ほぼすべてのトレーニングマシンが使用中の状態になっている。


「うんしょ……」


「よいしょ……」


 例の、小学生みたいな女の子2人が、床に転がったダンベルを片付けている。


 どうやら、後片付けをする余裕も無いほどに追い込まれたみたいだ。


「サーキットトレーニングというのは、複数の種目を連続して行うトレーニングのことよ。無酸素運動と有酸素運動の、良いとこ取りができるの♡」


「ここにある、ほぼすべての器具を使ったな。レッグプレス♡ レッグエクステンション♡ レッグカール♡ ラットプルダウン♡ シーテッドローイング♡ バタフライ♡ チェストプレス♡ ショルダープレス♡ アブドミナルクランチ♡」


 ナオミさんが言うと、あらゆるトレーニング機器がセクシーに見えてしまう不思議である。


「あとは、フリーウェイトゾーン♡で、デッドリフト♡とベントオーバーロー♡。ダンベルゾーン♡で、ダンベルカール♡にサイドレイズ♡にリアレイズ♡ね。その全部を『超高速♡』で回してもらって、全身の筋肉を『限・界・ま・で♡』追い込んであげたのよー?♡」


「良くわからないけどすごーい!」


 マミさんの言葉も、まるで呪文のようにセクシーだ!


 しかし、それだけのメニューをこの短時間で回して、最後まで手を抜かせなかったマミさんの手腕って一体……。


「どうやったら、そんなに搾り取れるようになるんですかー?」


「うふふ……ヒトのオス♡なんて、みんな似たようなものよ? だからまずは、1人の相手をじっくりと『骨の髄♡』まで攻略するのよっ?」


 と言ってマミさんは、俺の方を流し目で見てくる。


「そうすれば、大抵の男は手玉に取れるようになるわ♡」


「はい! 頑張ります!」


 と言って遊子まで、何故か俺の方を流し目で見てきた。


 う、うーん……。


 俺は鈍感な方ではあるが、流石にこれはわかる。


 やはりこのジム、何かがおかしい!


「あの……マミさん達って一体……」


 マミさんもナオミさんも、そしてあの小学生みたいな女の子2人も、絶対にただ者ではないはずだ!


 きっと……その道の『プロ』に違いない!


「うふふふ……どうする、遊子ちゃん。言っちゃう?」


「うーん、どうしようかなー。まだちょっと内緒にしたいけど……」


「でも、もういい加減気づかれているんじゃないの?」


「うーん、そうかなー? ねえハルキ、どうなの? ぶっちゃけ気づいているの? わ・た・し・の・こ・と♡」


「ええっ?」


 一体何の話をしているんだ……?


 口ぶりから察するに、遊子は俺に何かを隠しているということか。


 どうにも遊子は、俺に普段の生活で無駄な体力を使わせないようにして、全精力をトレーニングにぶつけさせようとしている……。


 その意味するところとは、果たして……。


「はっ……」


 どうしよう、わかっちまったかも……!


「遊子、マミさん、ナオミさん……つまりここって」


 そして俺は、ついにこのジムの秘密を暴く!


「密かに世界クラスのボディビルダーを養成している、国の機関なんですね!?」


 そして遊子! お前もそのエージェントなんだな!?


「あらあら……」


「へええー?」


「ハルキぃ……」


「え? 違った!?」


 だが3人とも、明らかにどんよりとした表情を浮かべた。


 どういうことだ……違ったのか。


「全然違うよ! ここはね……淫魔の餌場なの!」


「はっ?」


 インマ? 何だそれ、マッサージ機?


 全然頭になかった単語が飛び出てきた。


「だから淫魔! サキュバスって言った方がわかりやすい? このジムはね、私達サキュバス族が、人間の男達の『精』を吸うための餌場になの!」


「ジムっていうのはねー、すごく効率の良い餌場だって、近年になってサキュバス界で大注目されているのよー?」


「そうなんだよっ!」


「……ええっ?」


 俺はただ、目を白黒させる。


 淫魔……サキュバス? なにそのファンタジー用語?


 ぶっちゃけ、信じろって言う方が無理があるのだが……。


「そ、そーですか……」


 だが俺は、勢いで『その設定』に乗ってしまった。


 お姉さん達が、あまりにマジ乗りなもんでな……。


 冷めた対応をするのが、逆に躊躇われた。


「知らなかったなー! あははー!」


「じー……」


「じぃ……」


「うーん……」


「……えー?」


 全力で乗ってあげたにしては、3人の反応が妙に冷たかったわけだが……。

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