第19話 侵入

 翌週の月曜日の昼休み、勇士たちジャスティス団のメンバー5人は自分たちの教室のある3階から階段を一つ降りた先の2階の廊下を歩いて、噂の理科準備室前にやってきていた。


 スライドドアはういの話にあったように開きかかっていることはなく、ピッタリと閉まっていて中の様子はまったく見えることがない。


 せいぜい曇りガラスを通して、その部屋に明かりがついているかいないかがわかる程度だったが、真昼の今はその判別すらも難しかった。


「よし、それじゃあさっそく入ってみるか」


 先頭に立った篤がそう言ってドアに手をかけるも、しかしその後ろに続こうとしているのは麻央のみだ。


「どうしたんだ? 怖いのか?」


「いやいやいや……オバケが出るとまことしやかに話されている理科準備室に平気な顔して入れる方がおかしいと思うけど……」


 振り返った篤に勇士がそう返すと、きららも花梨も同意とばかりに首を強く縦に振る。


「勇士の言う通りだぜっ! だってどうやったら倒せるかわかんねーだろっ!? パンチもキックも効かないんだぜっ!?」


「た、祟られちゃうよぉ……! やっぱりやめようよぉ……!」


 2人の怖がる方向性は少し異なってはいるものの、しかし勇士としてはどちらにも同意する。


 ゴースト系のモンスターは物理攻撃が効かない場合がとても多いため目の前に出てこられたら厄介だし、ついでになんとか倒せたとしても呪いを残していくことが多いし、それに何と言っても見た目が怖いから夜に思い出すと眠れなくなる。


 もともと勇士自体がその手の話を苦手にしているということもあるし、さらには前世に嫌というほどそれを経験したレイシアの実体験という名の記憶が相まって、勇士は恐らくこの2人以上の苦手意識をオバケに対して感じていた。


 しかしそんな3人の反応を篤はなんともあっけらかんとした表情で笑い飛ばす。


「大丈夫だって。今は昼なんだぞ? ホラ、曇りガラス越しにも中はこんなにも明るい。こんな中で仮にオバケが出てきたとしてもそう怖くはないさ」


 その言葉に勇士たち怖がり3人組は顔を突き合わせる。


「そーだな、たしかに明かりでもっとスケスケになってるオバケなら、あっちの攻撃もオレたちの身体をスカりそうだ」


「う、うん……それ以前に暗くないから出てこられなさそうだもんね……」


 少し中に入ることに肯定的な感情が見え始めた2人の意見に、勇士は渋々ではあったものの、これ以上自分だけ首を横に振るのも必要以上に怖がっていると思われそうで恥ずかしく、頷いた。


 確かに2人の言う通り、前世の経験に照らし合わせれば昼の時間帯のゴーストは攻撃も鈍かったし、陽射しの元には継続ダメージが入るとかなんとかいう制約があったから基本的に出現しないという話を聖職者の同僚に聞いた覚えがある。


 ならばきっと現世でも何とかなるに違いない、そう自分に言い聞かせることにした。


「よしっ! じゃあみんな納得したということで、開けるぞ!」


 そうして篤は勢いよくガラガラガラッ! とドアを横に引く。


 そこにあったのは、黒い表面の机に木造りの背もたれの無い椅子、ドア横の右の壁には教室の3分の1ほどの大きさの黒板、部屋の隅にはいくつかのステンレス製の棚が置いてあり、南向きの窓からは穏やかな春の日差しが入って部屋の中を明るく照らしている。


 見渡せば何かのプリントの束やテキストが入った段ボール箱が床に直置きされていて、入り口から見て部屋の左奥には理科室に通じているのであろうドアがあった。


「ふむ……別に誰もいないな……」


 何の変哲もないただの準備室のあり様に、篤はなんだかガッカリしたような落胆の声色でそう呟く。


「一応中を調べてみるか」


 そう言ってためらいもなく準備室内へ足を踏み入れた篤にならって他の4人もその部屋内に入ってみる。


 その中できららは準備室に入るなり窓へと直行すると、カーテンと窓を全開にして風を室内へと呼び込んだ。


「よし、こんだけ明るきゃオバケも出ないだろ。それにシめ切られてると暑くてたまらねーや」


 相変わらずの短パンにタンクトップという4月にはそぐわない恰好をしたきららがパタパタと手うちわをしながら勇士の方へと向く。


「勇士はこんな暑いのによく"ながそで"なんか着てられるよなー」


「いや、4月だし普通でしょ……年中タンクトップなきららがおかしいんだよ」


 それに勇士にとっては、オバケが出るなんて聞いてれば心の中はうすら寒くてしょうがないくらいだった。


 そんな風に若干こわごわとしながら準備室を巡っていた勇士だったが、幸いなことにしてなんの気配も感じられない。


 だが勇士がそう思っていたのは、初が金髪の女性を目にしたというスライドドアから覗き見ることのできる位置、つまり黒板の目の前の位置に差し掛かるまでであった。


 ――それは静電気が身体を走り抜けるような違和感。


 明確な懐かしさを伴うその感覚に、勇士は思わず室内の麻央へと目をやった。


 しかし、机の上のプリント類に目を通している麻央には表立って変わった様子は見られない。


 麻央が何も反応しないということは、これはもしかして自分の勘違いか……?


 そう思う勇士だったが、いやそんなはずはないとかぶりを振った。


 誰もが見た目通りの内心であるとは限らないのだ。


 もし麻央がこのに気づいているにも関わらず、自分に対して何も伝えようとしないのであれば、それはきっと何かを考えている、あるいは企んでいるからに違いない。


 それならば自分は自分で行動をした方がいいと勇士は考え、ひとまずはその違和感を胸に仕舞う。


「うーん……。別に変ったところはなさそうだなぁ……」


 篤が残念だと言わんばかりのしかめ面で腕を組み「そろそろ戻るか」と口にしたので、勇士たちは一様に頷いて準備室を後にする。


(――なんで単なる平凡な準備室に魔力の残滓があるんだ……?)


 勇士はその答えを得るべく、今夜にでも行動に出ようと考えるのだった。




――――――――――――――――――




 カラスの鳴き声もしなければ夕焼けに染まるグラウンドも無い、すっかりと夜闇に沈んだ放課後の校庭に、金網から飛び降りた勇士が着地した。


 服のポケットには小さな懐中電灯を忍ばせて、シャツの内側の背中にはとあるゴミ捨て場に立てかけてあったところをたまたまに拾った木刀が仕込んである。


 木刀は一応綺麗に拭いて手入れをしたから汚くはない……ハズだ。


 それはとても自分で買えるものでもなかったから、見かけた瞬間にこれ幸いにと嬉々として持ち帰ったのだ。


 まあ筋肉量なんかは鍛えていた前世の頃に比べるまでもなく落ち込んでいるから戦闘能力としては大幅ダウンだろうが、それでも剣士に剣が無い状況よりかは幾分マシというものだ。


 勇士は通行人や万が一残っていないとも限らない教師に見つからないように、放課後に少し細工を施した1階の図工室へと遮蔽物に身を隠しながら進んでいき、お目当ての窓を見つけて中を確認する。


(よし、あった……!)


 勇士は窓から見える図工室の椅子の上にちょこんと乗っている人形へ手をかざすように上げると、呟くように唱えた。


「――<Switchスイッチ>」


 瞬間、勇士の目の前の光景がガラッと変わり、その身体は図工室の、先ほどまで人形が置かれていた椅子の上へと転移していた。


 そして一瞬遅れてポスっという音が真後ろから聞こえる。


 窓の近くに寄って外を見れば、さきほどまで椅子の上に置いてあった人形がやはり先ほどまで勇士が立っていた場所に無造作に落ちていた。


「成功だ……」


 勇士は響かない程度の大きさの声でボソリと言った。


 それは転移術。勇士の前世、レイシアの頃に修めた魔術の1つだった。


 警備システムが作動するような大きな音も鳴っていない、辺りを見渡して他に異常がないことを確認すると、勇士は図工室の入り口に向かって歩く。


 ドアは施錠されていたが、ここは図工室の内側だ。


 問題なく鍵を開けて、窓から差し込む月明りだけが頼りの廊下へと出ることができた。


 勇士は何かを気にする素振りもなくその廊下に足を進める。


 その足取りは決して恐怖に怯えるものではない、スタスタと順調なものだった。


 そう、確かに篤の家でオバケと聞いて理科準備室に入るまでは確かに怖かった。


 だが実際に準備室へと入ってみて感じた魔力の残滓、あれが意味するところはたったの1つ。


 誰かこの世界ならざる者、魔術の理を解する者がその1件には絡んでいるのだ。


 そうと考えれば怖いものなどない、むしろこれは勇士の領分だとも言える。


(そうだ、元魔王の麻央がこの小学校に転校してくるくらいのことがあったのだ。もしかしたら小学校の先生や生徒の中にも同じ前世を持つような人間が紛れ込んでいてもおかしくはない……!)


 また、魔力の残滓は小さな魔術の行使では基本的には残るものではない。


 だからこそ、準備室に残っていたそれを感じ取ることができた時点で、その場で魔術を行使した者は何か壮大なことを行おうとしているに違いなかった。


 そんなことを知っておいて放置できるはずもなく、勇士は今夜この場で罠を張ってみようと思い立ったのだ。


 夜を選んだのは、さすがに休み時間や放課後すぐでは人目に付くリスクがあるためだった。


 それに準備室で何やら魔術を行使した人間もまさか誰もいないはずの夜間にそんな細工がされるとは思うまい。


 勇士が自分の行動力と周到性に心の中で満足げに頷いているうちに、いつの間にか2階へ向かう階段の前までやってきていた。


 ここを上がれば理科準備室まではもうすぐだ。


 さて、と見上げた階段にもちろん明かりはない。


 階段の中程の踊り場の壁に申し訳程度に小窓が設置されているが、そこから入る光量は廊下のそれとは比べ物にならないほど細く、心もとない。


 勇士はポケットに入れていた小さい懐中電灯を取り出してスイッチを入れた。


 するとオレンジ色のほの暗い明かりが階段の段差に描かれた笑顔の子供のイラストを映し出す――


 勇士はカチリと再びスイッチを切った。


(どうしよう――――コワい――)


 そんな思考が一瞬だけ頭を掠めるが、いやいやいやとかぶりを振って勇士はその軟弱な考えを頭から追い出そうとする。


(何を考えているんだ、俺は……! 準備室のヤツはオバケじゃないってわかったし、全然大丈夫だろ……! この階段だけ駆け上がればあとは準備室に入るだけ……いやでも待てよ? 準備室もやっぱり暗いよな……それに、この階段って上ったら帰りも下りてこなきゃいけないんだよな……えぇ……どうしよう。めちゃくちゃコワいんだけど、でもやっぱりここで何とかして置かないと後手に回る可能性があるし、ここはなんとかがんばっ――)


「遅いわよ。いつまで悩んでるつもり?」


「――てぇぇぇえぇぇえぇええッ!?!?」


 急に肩に手を置かれた勇士は文字通り飛び上がってしかし、


「――ムグゥッ!?」


 直後に後ろから口を塞がれていた。


「うるさいっ! 警備の人が飛んでくるわよっ!」


 混乱する勇士が顔を後ろに向けるとそこにいたのは――


「――ァッ……ヴァヴォっ!?」


「誰がヴァヴォよ……とにかくさっさと2階に行くわよ!」


 麻央はそう言って押さえていた勇士の口を解放すると、その手で勇士の腕を長袖の上から引っ掴む。


「ちょ、痛っ……!」


「っ? 腕に怪我でもしてるわけ? ならっ!」


 痛がる反応を見せた勇士から手を離し、麻央は掴み直した。


「んなっ……!!」


「叫ばないのっ! 急ぐわよっ!」


 がっちりと繋がれたその手と手を見て驚きの声を上げてしまう勇士だったが、そのまま麻央に引っ張られて階段へと走り出した。

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