第二話 かなん季節
京都の裏路地は幅が狭い。
乗用車を路肩に停めていただけで、近所から非常識で自分本意の人間だとみなされる。
しかも自社用車なので、ボディには『佐伯堂』の店名と連絡先が記してある。
つまり、駐車の仕方ひとつで店の評価が左右されることになる。
そのため、薫は商品の香箱を納品する十数分間でも、駐車は少し離れたコインパーキングを利用する。
旅館の板塀の勝手口から路地に出て、薫は創業二百年の老舗旅館を後にした。
東山の山肌に添うように敷かれた石畳みの坂を下りて行く。
自然に早足になっている。
少し目を上げれば、遠方には薄紅色の桜に覆われた清水寺の舞台が見える。
夕映えの西の空の雲間から斜めに夕日が射し込んで、雅な街のそこかしこに光の柱を立てていた。
桜が満開を迎えるこの時期は、興奮気味の『よそさん』の群集が、街のあちこちでクダを巻いている。
住人にとっては一番『かなん』季節でもある。
薫は携帯で時間を確認した。
「ヤッベ。急がないと……」
渋面を浮かべて呟くと、早足が駆け足に変わっていた。
この時期の主な道路は上りも下りも渋滞だ。どこに行くにも、普段の倍は時間がかかる。
このあと午後 四時半から閉店まで、薫は佐伯堂の店番のシフ トに入っている。
昼間の店番を務めているパートの女性が、その時間には店を出て、子供を塾に送らないといけないからだ。
その四時半までにギリギリ店に戻れるかどうかのラインだった。
薫は残りの坂道を駆け下りた。
両脇に町屋が軒を連ねる平らな路地を直進し、右に曲がれば、車を停めたパーキングに到着する。
だが、土産物屋に面した道は、横一列になってしゃべり歩く観光客で埋め尽くされ、思うように進めない。
薫は焦った。もしかしたら間に合わないかも。
その旨を携帯で店に伝えつつ、人波をぬうようにして足を速めた時だった。
携帯ばかり見ていた薫の前で誰かが突然反転し、反射的に仰け反った。
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