アオハルしたい男の子

 ある日、私が生物準備室で餌の準備をしていると、生物室の方からジョーの声が聞こえてきた。


「なあ、永田。俺すげえことに気づいちゃったのよ」


「ん、何」


「この部活、恋がねえんだわ」


 私、ジョーと同じことを考えているなんて 末期症状だろうか。

 私がショックを受けているあいだも二人の会話は続いていく。どうやら私がいることには気づいていないようだ。


「例えば金ヶ崎だろ。あいつ滅茶苦茶だよ」


「なにがあったの……」


「去年の体育祭の借り物競走で、お題が金髪美少女だったんだけどよ。うちの学校金髪の人なんていねえからどーすんの、ってなってたら、ジミー先生連れて来たことあっただろ?」


「僕、その日休んでたから知らないな……

 ジミー先生って、マッチョな外国語の先生だよね……?」


「ああ」


「まさか……」


「そのまさかだよ。何処から持って来たのか、メイド服着せて口紅付けさせて、強行突破だ」


「……それ、見てみたかったな」


「見たいか……?」


「というか、それでよくオッケーもらえたね……」


「不合格なんかにしたら、ジミー先生が浮かばれないからなあ。あれは悲惨だったぜ」


 あのときの惨状は私もよく覚えている。通報スレスレ(多分アウト)な格好で出てきたジミー先生に運動場がどよめき、公開処刑と化していた。ジミー先生から遠目でもわかるほどの負のオーラが立ち昇っていたっけ。


「恐ろしいね……」


「ああ、全くだ。

 あと寺峰。あいつは見た目は割といい感じの女子だけど、クレイジー人間だろ」


「ああ……(察し」


「体験入部に来て最初に見たの、ゴキブリに愛を囁いてる寺峰だったもんな」


 ジョーが残念そうに遠くを見た。


「佐久間先輩も、最初は普通の人かと思ったけど、超がつくほど漫画ヲタクだろ。

 そういえばお前、推しに似てるって言われてたよな」


「うん。びーえるってやつらしい……」


 佐久間先輩、本人に言っちゃったんすか。私は一人、頭を抱える。


「はあ!? お前それが何か分かってるのか?」


「え、漫画でしょ……?」


 生物室に一瞬の静寂が訪れる。

 私は彼の純粋さに涙を流しそうになった。


「……そうか。絶対ググるなよ。まだ穢れるな」


「?」


 そうだ、それでいい。ジョー、 永田の穢れなき心を守ってやってくれ。


「八島は堅物だし、サイコパスだし」


「八島さん結構いい人だよ。すごく真面目なだけで……」


「永田、コレを見てもそれが言えるか?」


 永田が息を飲んだあと、ぱらぱらと紙をめくる音がきこえてくる。

 え?なになに?何を見せてるの?私も見たいんだけど。


「……ごめん、取り消す……」


 永田が苦虫を噛み潰したような声で言った。

 本当に気になるんだけど。


「ほらな。恋なんかできるはずねえ」


「ん、鮎川は……?」


 そういえば、私が綺麗にスルーされている。


「ああ、鮎川は……」


 私はドキドキしながら次の言葉を待つ。相手がジョーみたいな唯我独尊人間だとしても、やはり私も年頃の女の子。男子からの評価は気になるものだ。

 ジョーが口を開く。


「鮎川は、特徴なさすぎてつまんねえー。

 妙に戦闘力高いけど。

 第一、顔がタイプじゃねーし。俺は清楚系で大人の魅力があるのが……」


「黙らっしゃぁぁああい!」


「ぶっ!」


 私は準備室を飛び出して、ジョーに渾身のドロップキックを浴びせる。


 どうせ私はキャラ薄いよ!

 いまだにに小学四年生と間違われるよ!

 牛乳豆乳飲みまくってもこのザマなんだよコンチクショー!


 心なかでそこまで叫んで我に返る。


 生物室には少し涙目の私、無表情のまま茫然としている永田、床にのびているジョーの手元には、八島さんのものと思われる『抹消候補者リスト』と書いてある漆黒の手帳が転がっていた。



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