いまさら植物の反乱

ちびまるフォイ

植物 vs 人間 = 

「うちの庭もだいぶ草のびたなぁ」


青々としげった庭を見て草刈り機を取り出した。

甲高い音を鳴らしながら草を切り刻む。


<ギャアアアアーーーー!!!>


「うわっ!! な、なんだぁ!?」


悲鳴に反応してスイッチを切る。

足元を見ても何もいない。


「びっくりした……なんか巻き込んじゃったかと思った」


それでも念入りに周りを確認する。

誰もいないな、と安心してスイッチを入れる。


<ギャアアアアアアアアッ!!!>


「ええええ!?」


またスイッチを止める。

足元を確認してもそこには刈り取られた草だけ。


「まさか……ね」


その場にかがむと雑草の人束を掴む。

ぶちっと手でちぎったとき、ふたたびあの声が聞こえた。


<ギャアアア!! イタイーー!!>


「うそだろ!?」


マンドラゴラでも自生しているのかと思ったが、

庭に生えているのはただの雑草。


引き抜いたり、傷つけたり、刈り取ると悲鳴が上がる。

不気味すぎるので草刈りは諦めた。


その次の日のこと。


「やっぱり……昨日のは気のせい、だよな」


ふたたび庭に向かう途中。

つま先がひっかかって草のカーペットにダイブ。


「いってぇ! なんかにつっかかったぞ!?」


片足には草が結ばれて輪っかのようになっている。

まるで誰かの足をひっかける罠のよう。


「近所の悪ガキのしわざだな?

 まったく、草が伸びてるとろくなことがない」


立ち上がった次の瞬間。ふたたび前のめりに倒れた。


「またかよ!?」


今度は足首に草が巻きつけられている。

こんなの誰ができるというのか。


「草が……草が意思を持っている……!」


ざわざわと風に揺れる草が体にまとわりつく。

慌てて草刈り機を取りに行く。


「う、動かねぇっ……!!」


刈り取る刃の部分にがんじがらめで草が巻き付いている。

昨日草刈りしたはずの部分もすでに再生されている。


「俺が……俺がなにしたっていうんだよ!?」


ゆっくりと確実に草が迫ってくる。

そのとき、家の近くの木材置き場を思い出した。


もともと住んでいる家は山にあり、

木材を刈りに重機がよく出入りしている。


「重機を使ってこの一帯を片付けよう!!」


チェーンソーでも、ショベルカーでもなんでもいい。

この意思を持つ草どもをやっつけられれば。


山の中を必死に走っていく。

慣れているはずなのに何度も道に迷った。


「おかしいな……こっちのはずだろ?」


目印を何度も確認したが自分がどこにいるかわからない。

家の近所の山で迷子になりかけて地図を開く。

地図アプリに表示されたのは見当違いの場所。


「バカな!? 昔から使っている目印と道を使って

 どうしてこんな場所に……」


思い当たるのは、意思をもつ草たちだった。

もしも意思を持っているのが庭の草だけじゃなく

この山に生えている木も意思を持っているとしたら。


わざと迷わせるように道を作り変えているかも知れない。


「はぁっ……はぁっ……やっと、ついたぞ……」


自分の記憶や勘はアテにせず地図を見ながらやってきた。

林業用の重機置き場とプレハブが見えた。


「こんにちはーー! 誰かいませんかーー!」


近づいてみると、重機は草の根でくの字に曲がっている。

プレハブにはツタが絡んでドアも窓も開けられない。


奥の窓が割られ、慌ただしく逃げた痕跡があった。


「ここにも植物が……」


あらゆる工具には草が巻き付いている。

何重にも重なった草は人間の力ではちぎれない。


「大変だ……これはきっと山の反乱なんだ!

 はやくこのことを知らせないと!!」


息も絶え絶えに下山する。

やっとコンクリートで舗装された道路にたどり着く。


そこには以前までの町の景観はなかった。


地面から押し上げられた道路はひび割れて車も走れない。

枝を伸ばした街路樹が通行人を捕まえている。


折れた電波塔はツタが巻き付き、

頂上には不気味なほど大きな花が咲いている。


「山だけじゃない……。

 これは植物全体だったんだ……!」


すでに植物の力により都市機能は停止していた。

町の緑化がはじまり、地面から這い出したツタが伸びてゆく。


「ちくしょう! こんな……植物に負けてたまるか!!」


ふたたび人間の文化的な生活を取り戻すべく、

意思をもった植物の研究に明け暮れた。


植物にはもともと意思や感情や気持ちがあり、

それが限界を超えたことで悲鳴が聞こえたりしたとわかった。


植物に命を奪われた人たちの死体が

草に侵食されて土になる頃、ついに薬が完成した。


「できた……ついにできたぞ!

 これでもう植物に意思や感情は芽生えない!!」


実験場と化していた自分の庭の植物に薬を撒いた。

草をちぎっても、刈っても何も聞こえなくなる。


「植物麻酔、完成だ!!」


すぐに薬を大量に準備して町へと向かう。

薬を撒いて植物をもとの「何も思わない植物」へとさせてゆく。


植物の侵攻は止まり、地下に逃げ隠れていた人間も外へ出てきた。


「ありがとう……! あなたのおかげです……」


「私はまだ救う場所があるので失礼します」


それから薬を持って各地を飛び回った。

レシピを公開してたくさんの人にも伝え歩く。


ときには花咲かじいさんのように歩きながら。

ときには空から大量に撒いた。


数年で植物により崩壊させられた人間の生活も、

数十年かけてなんとか元通りにすることができた。


「では、特別功労賞を授与します。おめでとう。

 あなたが薬を開発していなければ今ごろ……」


「ありがとうございます」


今回の騒動を解決したことで国から褒章が贈られた。

世界の英雄としてたくさんの銅像が作られて誇らしい。


「みなさん、また植物が暴走しないように

 植物麻酔薬を忘れずに使ってくださいね」


変わらずそのメッセージを発信し続けた。

ある日の講演でのこと。


「世界を救った英雄に伺いたいのですが」


「なんでしょう。なんでも聞いてください」


「植物麻酔は人間にも効くのでしょうか」


「ははは。あなたの頭も眠っているようですね。

 あれはあくまで植物用で人間向けには……人間には……」


「先生?」


その先は怖くて言えなくなった。

以来、表舞台に出るのは辞めて山にこもるようになった。


しばらくして町にやってくると、

ゾンビのように立ち尽くす人間ばかりだった。


「植物を……食べちゃったんだ……」


意思も失い生きているだけの植物人間ばかり。

もう誰も植物麻酔を使えないだろう。



足元を見ると、コンクリートを突き破ってまた花が咲いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いまさら植物の反乱 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ