第四話 容赦のない眼

「衣装はそれに決めたなら、着替える前にクリームを塗る。腰帯だけになってくれ」

 

内心の動揺を圧し殺し、粛々として指示すると、

レナは一瞬むくれるような顔になる。

夢の中から強制的に現実に引き戻された顔つきだ。

待ちに待ったこの夜を、もっと堪能させてくれてもいいのにと、

突き出した唇が語っている。

白けた空気を漂わせながら普段着の貫頭衣を脱ぎ、

麻布を巻いた腰帯だけの姿になる。

サリオンは長椅子に脂避けの布を敷き、座らせたレナの前にかしずいた。

 

銀盆に盛ったクリームを掌に取り、体温に近くなるよう両手で擦り合わせてから、レナの細い足に擦り込んだ。

クリームを足首から膝にかけて脛の肉を押し上げるように塗布すると、

いっそう足が引き締まって見えるのだ。

気持ちと頭を切り離し、何の感情も交えずに、するべきことをしていると、

サリオンは頭上に注がれる強い視線に気がついた。

思わず見上げたサリオンはレナと目が合い、ドキリとする。

互いの視線が交差したまま硬直し、サリオンは咎人とがびとのように慄いた。

 

クリームが塗られるのを待つ右足を立て、

下男の廻しを蹴り飛ばそうとするように、ピンと伸ばされた左足。

その足の滑らかな手触りと香油の味を楽しんで、アルベルトは息を弾ませ、

頬をすり寄せ、舌を淫靡いんびに這わせるのか。

想像したくないはずの絵図が脳裏に浮かびそうになる。

そのたび、レナを磨く任務に徹する下男の『廻し』を、

レナは鷹のように鋭い眼をして見つめている。

こんな眼をしたレナを見るのは初めてで、稲妻にでも打たれたように身じろぐこともできなくなる。

 

立場は逆転したのだと、容赦のない眼が語っていた。

 

今までずっとアルベルトからの寵愛を独占し、見せつけられた、その痛み。

それをお前も味わえと、挑むように睨んでくる。

やがてレナは感謝どころか、

いい気味だと言わんばかりに薄紅色の唇に嘲笑めいた微笑を浮かべる。


「今度はベッドの中で陛下にクリーム塗ってもらうのもいいかもね。だって、そこが舐めたい場所だってことだから」

 

催淫効果をもたらすそれを、裸になった互いに塗り合う。

そして互いに舐め合う姿を想像したのか、レナの目尻がとろりと蕩ける。

それを身内も同然の自分に見せても、見られても、レナは恥じたりしないのだ。

それとも兄弟だとすら思っていたのは、間違いだったのだろうか。


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