第十九話 情炎

「このままだったら、そのうちレナは誰の子供も孕めない出来損ないのΩとして、公娼の主人に転売されるかもしれない」

 

肘を立て、半身を起したサリオンは、掠れた声で一番の憂苦を打ち明けた。

それを聞いたアルベルトは、

短刀で胸を深く突かれたように大きく目を剥き、絶句した。

ひざまずいたアルベルトは色を失くし、仰け反るように身を引いた。

レナがどうなろうとも知った事ではないという、

他人事ひとごとめいた顔ではない。

サリオンは、レナへの情を垣間見せたアルベルトに思いがけなく傷ついた。

 

レナの事などどうでもいいと一蹴いっしゅうする彼を求めた訳ではない。

むしろ救って欲しいはずなのに。

視線を逡巡させながら、沈痛な面持ちでうろたえるアルベルトに腹が立つ。

お前だけだと言いながら、レナの窮地に慄然とする男の顔を曝け出し、

掌で口を覆っている。


それは友愛に近い情なのか。

それとも類まれなる美貌のレナへの固執の一部が露呈ろていしたのか。

どちらにも取れる顔つきだ。

サリオンの中であっという間に疑念が膨らむ。

黙り込んで思案を続けるアルベルトに、目尻を険しく吊り上げた。


「それなら」

 

と、切り出したアルベルトが語気を強めて訴えた。


「俺がレナを買って後宮に住まわせる。どんな贅沢でもさせてやる」

 

アルベルトは先刻よりも膝を進めて顔を寄せ、

サリオンの冷えた両手を両手で包んで握り締めた。


「本当なら、もっと早くそうしてやるべきだったのに。……すまなかった。俺は、お前に会いに行く口実にレナを使ってしまっていた」

 

自責の念にかられているのか、眉をひそめて目を伏せる。

サリオンの両手で包んだ指先に接吻し、濡れた音を響かせた。

まるで赦しを乞うように。

けれども直後に払い除け、サリオンは臥台がだいから憤然として立ち上がる。

眼下に捉えたアルベルトが唖然とした目で見上げている。

サリオンは、あっけにとられるアルベルトから目を逸らし、当り前だと自嘲した。

 

奴隷市に売り出されるかもしれないレナを救い出そうとした事が、

どうして怒らせたのかが、わからない。

そう顔に書いてある。

しかも、この国の最高位に立つ皇帝がΩのレナに、

誠意のこもった謝罪の言葉も口にした。見捨てようともしなかった。

レナと自分が一心同体だからこそ、尊重していてくれるのだ。

 

それなのに、心をひどく乱される。

サリオンは、床に散らばる高価な料理や割れた器を凝視したまま居ずくまる。

助けたいのはアルベルトなのに。

その彼の世継ぎを産む事で、レナも幸せになれるのに。

始末のつかない鬱屈が心の隅で燃え盛る。



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