第三話

キリシタンへの弾圧は、歴代皇帝が施行してきた勅令だ。

アルベルトもまた継承している。

それは帝国の秩序を守るという名目のもと、

ほんの一握りの支配者階層の特権を守るためのすべとして。


生きたロウソクの目の前を通り過ぎても、

名残を惜しむかのように振り向くことは許されない。

αの居住区の住人が、いちいち街路樹に目を止めて、鑑賞したりしないように、

サリオンも流れる景色を眺め続けた。


そして、石畳の路地が勾配こうばいを増し始める。


富裕層の住宅地を抜けた馬車は、

丘陵地の頂上を目指す雑木林の一本道に入って行く。

らせん状に続く道沿いに住居はない。

丘のふもとから頂上までの全てが王宮の敷地であり、聖地でもある。

開けた窓から入る夜風も涼やかだ。


ついさっき嗅いだ死臭は常緑樹の澄んだ香気こうきにかき消され、

なかったことにされている。

サリオンを乗せた馬車は城壁の各所に設けられた幾つもの堅牢な門をくぐり抜け、最後に屈強な門衛が警護する青銅製の壮麗な門に辿り着いた。

門の左右に煌々こうこう篝火かがりびが焚かれている。

そびえたつ王宮の所有地でもある山麓からでは、

垣間見ることすらできない王宮の正門だ。


「開聞!」

 

という、門衛の朗々とした掛け声とともに、

金箔で彩られた鉄門が重々しく開かれた。

いよいよだという緊張が、サリオンの全身にみなぎった。


アルベルトと二人きりで話がしたい旨を書いた短い文を、

サリオンは公娼と王宮を行き来する使者に密かに託していた。

それは二日前の夜だった。

アルベルトからの返事の文は翌日の朝には手元に届いた。


オリバーがダビデ提督の子を身籠ってからというもの、

アルベルトの足は公娼からすっかり遠退き、あからさまにレナを避け続けている。

サリオンは、ダビデの方が先に世継ぎを得るかもしれない可能性が

俄かに濃くなったにも関わらず、

アルベルトはむしろ自分との間に儲けた子にしか帝位を譲らないなどと、

意固地になっていることも、承知の上で文を書いた。


すると、アルベルトは公娼ではなく、

サリオン自ら王宮に足を運んで来れば会談に応じるとの返答を、

すぐさま寄越した。

そうともなれば、公娼の主人にも話の筋を通さないならない事案だ。

サリオンは皇帝アルベルトがレナに世継ぎを孕ませる気になるように、

招待を受けて王宮に赴き、説得したいと公娼の主人に訴えた。

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