第二話

βの富裕層の居住区から、αの王侯貴族が館を構える居住区へ移るに従い、

街並はあからさまに変容する。

道幅が広くなり、石畳で整然と舗装され、馬車に伝わる振動が格段に減少する。

路地には城壁のように高い塀に覆われた邸宅が並び、

王宮に近づくにつれて、一軒ごとの塀がより長く堅固なものになる。


路地には街灯がないために、屋敷の灯りが外に漏れないαの居住区は薄暗い。


護衛兵が片手で掲げるランプと、

御者席の脇に取りつけられたランプの灯りを頼りにして夜道を進む。

サリオンは扉にしつらえられた外倒し窓を、ある場所まで来て押し開けた。


路地が交差する辻の一角。


夜毎、饗宴を催す貴族達が奴隷に担がせた屋根付きの輿こしに乗り、

互いの邸宅を行き来する往来を、柱型の篝火かがりびが照らしている。

サリオンを乗せた馬車も、その前を行き過ぎた。


それは、舗道に突き立てられた柱に縛りつけられ、

火炙りの刑に処せられた罪人だ。

わらを用いて簾撒すまきにされ、柱にくくりつけられた彼等は

火だるまになりながら、今際いまわきわの叫び声を上げている。

それを王侯貴族のαは街灯代わりに使うのだ。


髪が焼け、人肉が焦げる臭気が開けた窓から入ってくる。

獣じみた咆哮ほうこうが耳をつんざき、サリオンは唇を固く引き結ぶ。


同じように競技場で罪人を柱にくくりつけ、

生きながら猛獣の餌食にさせる公開処刑を、この国の富裕層は娯楽のひとつとして鑑賞する。

そういった自分達の楽しみのためには用いらず、

街灯としてよりさげすんで使うのは、キリスト教徒だ。


帝国ではキリスト教を邪教と定め、弾圧の勅令ちょくれいを施行した。


神話に基づく神々や皇帝を神としてあがめる国民に反し、

一神教いちしんきょうのキリスト教徒は皇帝を神として崇めない。

あらゆる者は生まれながらに『自由』であり『平等』なのだと布教する

伝道者も信者等も、階級社会の頂点に立つ、

ひとにぎりのαにとって大いなる脅威だからだ。


数において圧倒的多数のβやΩの貧民層、

そして他国から連れて来られた奴隷民がキリスト教を信仰し、

平等と自由を求めて暴徒と化したら、支配者層の命が危うい。


そのため、地下組織として潜伏しているキリスト教徒は、

信者であることが判明すると捕縛され、

凄惨な拷問により棄教もしくは改教を迫られる。

それでも殉教の道を選ぶ者は、帝国の民のロウソクになる。

夜道を照らす街灯になる。


サリオンは、殉教者の断末魔の号哭ごうこくが細くなって消えるまで、

膝頭を鷲掴みにして身を固め、耳を澄まし続けていた。

それが責務でもあり、使命でもあり、彼等への弔いでもあるかのように。

骨に刻むようにして。



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