第三十一話


掴まれた腕を揺さ振られながらまくしたてられ、喉が詰まったようになる。

それならそうだと言えさえすれば済むはずだ。

首を縦に振りさえすれば納得をして諦めて、アルベルトは去る。

去っていってしまうだろう。


「お前が俺を許さないのは、わかっている。わかっているのに、それでもお前が……。俺にはお前が」

 

アルベルトもまた苦悶を顔に滲ませて、途中で言葉を消え入らせた。

憎んでいると聞かれたら、そうだと言える。それだけではないとも言える。

今も憎んでさえいられたら、苦しまずに済んでいた。

拒んでいられた。

あんなに愛したつがいの仇として、憎んで憎んで抗い続けていただろう。


「許せないのは、あんたじゃないんだ」

 

サリオンは項垂れた。口を開いてしまった途端に思いがけなく涙が出た。

熱い涙が石畳みの足元に雨粒のように滴った。


「俺には、あんたの子供は孕めない。こんな俺を側に置いて、何の役に立つんだよ……。今のあんたに必要なのは世継ぎのはずだ。子供を産めないΩじゃない」

 

アルベルトにとって自分は無益だ。無力なΩだ。

今はだから拒むのだ。


「それは違う……っ!」

 

決然として答えたアルベルトの胸の中に、再びきつく抱き込まれた。


「クルムのΩは、たとえ番を失くしても、新たに愛する相手が見つかれば、番の契りを結ぶことができるはずだ。新たな番の子供を成して産むこともできると聞いた。違うか? サリオン」

「それは……」

「俺を愛してくれたなら、お前は俺との子供を成せる。その希望が僅かにでもあるのなら、俺は賭けたい。お前を妃にして、お前と俺の子供に帝位を継がせたい」


背がしなるほど抱きすくめるアルベルトの腕に、更に力が込められる。


「お前の番と故国を奪った俺には許されないのか……? その夢を見ることは」


サリオンは公娼の門前でアルベルトに引き止められ、抱き締められたままでいた。門番達も来訪者達も驚愕し、息を凝らしてがわかる。

空気がピンと張りつめて、木の葉を揺らす風の音しかなかった。


新たに愛する者を見つけ、番になって子供を成す。

クルム人のΩなら本人次第だ。

本人がそれを心底望みさえすれば傷は癒える。子供が産める。

だとしても、レナを失う恐さある。ユーリスを手放し切れない自分もいる。

それでもアルベルトという伴侶を得て、過去を過去にできるのか。


友を出し抜く罪を負い、ユーリスとの思い出を大罪でもって塗りつぶし、

それでもなおも生きるのか。

アルベルトの手を取り、彼の子を産み、二人で育てる。

それが自分にできるかどうかを問い質そうとした時だ。

四人の奴隷が前後左右に担いだ輿から下りた二人の貴人が嘲笑混じりに放った言葉に、サリオンに氷のくさびを打ち込んだ。


「そういえば、ここの公娼のオリバーに懐妊の兆しが見られたらしいな」

「オリバーはダビデ提督の御子に違いないと、提督の御屋敷に報告の使者まで送ったそうじゃないか」

「寝所持ちのミハエルにフラれて大暴れした提督に、公娼の主がミハエルよりも格上の昼三をあてがったって、例の話か?」

「懐妊したとするのなら、その時だろうとオリバーは振れ回っているらしい」


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