第五話

 

日没を待って開門され、正面玄関も開かれて間もないが、

既に控えの間の小窓に数人の客がたかっていた。


「もう既にレナ様には、ご御指名が二名様つきました。皇帝陛下がご来館なさらない夜にしか、レナ様を指名できませんから。来館なさった御方々は競うようにレナ様を指名なさっていましたよ。昼三の皆様は饗宴の時間も長いですし、一晩でお受けできる人数は二名までと決められていますから」


見番役は苦笑した。


「それで、最初に指名されたのは?」

「クリストファー様です。ちょうどサリオン様に使いを向かわせようとしていたところでした。クリストファー様は指名を終えられ、第七の饗宴の間でレナ様をお待ちになっていらっしゃいます」

「クリストファー様の後は」

「イアコブ様です」

 

腰高のテーブルに置かれた台帳をめくり、見番役は粛々と返答する。

最高位の昼三は客がついていなければ、

大引けの時間になるまで居室で自由に過ごしている。 

格下の男娼達と同じように、控えの間に陳列されることはない。


とはいえ、その日の何時にどういった客がつき、どの饗宴の間で、

どんな料理を注文し、何時に床入りをして何時に帰ったのかなど、

詳細な記録が随時、この見番役の台帳に記される。


「クリストファー様か……」

 

サリオンは複雑な面持ちで呟いた。

彼もまた、アルベルトに匹敵するほど毎晩のように来館し、

アルベルトがレナを買い占めたとわかった時点で帰ってしまうαだ。

 

中流貴族の跡取り息子で、齢はアルベルトよりも六歳上の三十八歳。

いつ見ても背筋がピンと伸びていて清々しく、石像のように精悍な顔立ちだ。

十八のレナとは二十歳も離れているが、実年齢より若く見える。

彼は前にも数回レナを買っていて、

レナを目当てに来館する貴族のαの一人でもある。


レナを跡継ぎを産ませるだけの道具ではなく番として、

自分の屋敷に迎えたい。

身請けをしたいと、会う度にレナを口説いている。


饗宴の席でも伝統的な料理とワインでレナをもてなし、

ベッドの中でも情熱的だが紳士だという。


しかし、彼にはアルベルトのように一晩レナを買い占めるだけの財力はない。

一途に想ってくれてはいるが、清廉潔白すぎる面があだとなり、

レナには物足りなさを与える相手だ。


また、イアコブもレナに熱を上げているα達の一人であり、

クリストファーより身分も高く、齢も若い。

だが、肥満体で色が白く、顎の下にたっぷりと脂肪を蓄えた、

いかにも惰弱ぜいじゃくな大貴族だ。レナの好みとは程遠い。


どうやら今夜は『ハズレ』らしい。

 

もっとも、一目でレナが逆上せるような初見はつみの客を期待する方に無理がある。

現段階では国中のαを集めても、

皇帝アルベルトを超えるαがいるとは考えられない。

万が一、いるとするなら、国外からの上流階層ぐらいだろう。

しかも王族。

美貌も人柄も財力も地位も権力もアルベルトに匹敵する男でなければ、

レナは受け入れないだろう。


だから今夜はレナについた客達が、

ダビデのような横暴なαなどではなかっただけでも、幸いだったと喜ぶしかない。

サリオンは悄然として肩を落とし、足取りも重く、

レナの居室に戻って告げた。


「今夜はクリストファー様と、イアコブ様からのご指名だ」


レナはサリオンが部屋を出た時と同じように、肘掛け付きの長椅子に、

寝そべったまま動かない。

醒めた目で、ちらりとサリオンを見上げたが、

何か思案でもするように眉根を寄せて俯いた。瞬きの数も増加した。

どうしようかと迷った時の顔つきだ。


クリストファーならΩのレナでも番として大切に慈しみ、

きっと尽くしてくれるだろう。


もし、レナがアルベルトへの恋情を断ち切ることが出来るなら、

大貴族とまではいかないけれども彼のようなαに、レナを託すべきかもしれない。

サリオンもまた、張りつめた沈黙が支配する中、考えた。

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