第六十九話


サリオンは十八歳の男子にしては骨格からして華奢で細く、

肌理の細かい白い肌に金髪だ。

気の強そうな目尻の吊り上った二重目蓋の薄碧色の双眸は、

少年らしい瑞々しい色香をかもしている。


この容貌でαやβを欲情させるフェロモンを発していたなら、

皇帝でなくとも一目で籠絡されたに違いない。

ミハエルはサリオンを見据えたまま、冷やかすように唇の端を引き上げる。


一方のサリオンは、次から次へと思いもかけない言葉の刃が突き刺さり、

声も出せずに激しく瞳を震わせた。

食事を取る手も止まってしまっていたのだが、

ミハエルはディキャンタを持ち上げて、

サリオンの空になったグラスにワインを注ぎ足した。


「体を売らなきゃならない俺の気持ちと、つがいを殺されたお前の気持ちを一緒にすることはできないのは、わかっている。お前の方が比べものにならないぐらい、この国そのものが憎いだろう。侵略軍を指揮した為政者いせいしゃとしての皇帝も」


真紅のワインがなみなみ残ったディキャンタを窓辺の木製テーブルに置き、

ミハエルはベッドの端に腰掛けるサリオンをじっと見た。

楽天的な微笑みは、頬からも口元からも消えていた。


「だけど、侵略国の皇帝としてのアルベルトと、お前に一途に恋しているただの男のアルベルトを別々に考えてやってくれたらいいのに……、なんて、たまに思うよ。そんなこと。……でも、それは俺が全くの部外者だから言えるだけかもしれないし。俺がお前の立場になったら絶対に、許せないかもしれないけど」


やるせなさを眉の辺りに滲ませて、ミハエルは語尾を消え入らせた。

サリオンも口を噤んだままだった。

ミハエルが持参した手燭のロウソクも短くなり、薄暗い部屋がかげを増した。


皇帝としてのアルベルトは、

ミハエルが言った通り侵略の軍勢を指揮した為政者だ。

もしかしたら近隣国の遠征は、アルベルトの本意ではなかったのかもしれないが、アルベルトに略奪行為の責任は、なかったなどとは言わせない。

軍を率いて指揮していたのは皇帝だ。


サリオンは肉が盛られた銀の皿を、脇に置いた銀盆の上に戻してしまい、

柳眉をひそめて伏し目になる。


アルベルトは二十代半ばで帝位に就くと、

テオクウィントス国の陸海軍の進軍を、従来の大集団一斉攻撃方式から、

皇帝直属の中央軍と、

ダビデ提督を総司令官とする属軍隊に二分した。 

そして、中央軍での決定事項を属軍隊の総司令官に命令する。


属軍隊を率いるダビデは中央軍の指示に従い、軍団兵を指揮する立場だ。

つまり、行軍においては皇帝アルベルトが軍人のダビデ提督の上官にあたる。


これまでの一斉攻撃方式の大集団を皇帝率いる中央軍と、

ダビデ提督率いる実戦部隊の軍装歩兵や、

騎馬兵で編成された属軍隊に二分割したことにより、

敵陣に攻め入る大隊の統率力が増大し、

テオクウィントス帝国軍は瞬く間に隣国を掌握した。


テオクウィントス帝国軍が圧倒的な勝利をおさめるたびに、

帝国の権威は強化された。

今やローマ帝国に匹敵する大国とまで称されるようになったのは、

ひとえに皇帝アルベルトの軍事戦略によるものだ。


故国クルムでの戦場で、

残虐な殺戮や略奪行為に専念した蛮族のようだった帝国軍等に、

それらの行為を許可したのは、実戦部隊の総指令官のダビデの独断だったのか。


それとも指令塔たるアルベルトが黙認したのかどうかまで、

サリオンはアルベルトに問い質したことは一度もない。

確かめる必要がないからだ。

国土を広げる為に行う進撃だ。制圧した国からの略奪も軍事のひとつの目的だ。

侵略自体が略奪なのだ。


そのせいで番をなぶり殺しにされた自分が、

遠征軍の蛮行を許せる理由は見い出せない。

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