第六十八話

 

サリオンは焼き肉を一旦皿に戻し、汚れた口回りを布で拭って目を細めた。

ミハエルもクスリと笑い、

組んだ方の足先をぶらぶら揺らして和んでいる。


「今回はサリオンが連れて行かれて、皇帝も火がついたみたいに早く動いてくれたけど。皇帝はサリオンが絡んでなくても同じように、俺の側についてくれたんじゃねえのかな。あの人は、たぶんそういう人だ」


不意にミハエルが口調を改め、射抜くようにサリオンを凝視した。

サリオンは喉元を槍で突かれたようになり、ぐっと息を詰まらせる。

思わず伏せた顔の下では、

銀の皿が並べられた銀の盆が冴え冴えとした光を放っている。


炭火で焼いた猪や兎や鳩肉の盛り合わせ。

ガチョウの卵のパイ包み焼きに、ムール貝の蒸し焼きや、

何種類ものチーズや果物。

上質な小麦で作った雪のように白いパンと、

パンに添えられた生ウニやエビのオイル煮。

それらは皇帝アルベルトが食している日々の豪奢な晩餐だ。


本来ならば、ひと握りの権力者にしか許されない特権として享受し、

独占できる恩恵を、公娼の下働きのΩにも惜しみなく与える変わり者だ。


サリオンは唇をぎゅっと引き結び、

胸の中でもう一度、本当に変わり者だと、呟いた。

左胸を打ちつける鼓動が徐々に高く強くなり、頬に血の気が上ってくる。


「もちろんテオクウィントス帝国の皇帝は、俺の国もお前の国も滅ぼした侵略者だ。属国にして自分の国を豊かにした。征服した国の捕虜は奴隷にして、道具のように使っている。領土の農地で畑仕事に就かせたり、道路や橋や貴族の別荘の建設現場で重い石を引かせたり……。港で一日中、荷卸しをさせられる奴もいれば、侵略国のαやβの奴等にベッドでの奉仕をさせられる奴隷もいる」


ミハエルは、まるで饗宴で詩句を朗読し、

招待客を楽しませる吟遊詩人ぎんゆうしじんか何かのように、

淀みなく話しを続ける。


「俺もお前と同じように、戦勝国の皇帝としてのアルベルトも、提督としてのダビデも心の底から憎んでいる。だけど、圧倒的な国力を誇る帝国の皇帝だという立場も役割も、アルベルトにはかせのようなもんだろう。……奴隷のΩ達が足首に繋がれる鉄球付きの太い鎖が、アルベルトの足首にもはまっていて、あの人は皇帝という鉄球を引きづりながら生きている」


脳裏にアルベルトの面影を描いてでもいるかのように、

ミハエルは眉をひそめていた。

それはサリオンに聞かせるというより、ほとんど独白に近かった。


それなのにサリオンは、じわじわと部屋の隅に追いやられ、

逃げ場を失くしていくようで、身体が萎縮するのがわかる。

それでも黙って聞いていた。

ミハエルがまだ本当に言いたいことを言い切っていない気がしたからだ。


「俺は、お前といる時のあの人の顔を見ていると、皇帝なんて足枷あしかせは外したいと思ってるんじゃないかって、感じる時もあるぐらいだ」

「ミハエル様……」


サリオンは驚いて顔を上げた。

視線が思いがけなくかち合ったミハエルは、応えるように微笑んだ。


「お前がこの国の軍人につがいを殺された話は聞いている。そのせいで子供が産めない体になったお前がこの公娼では、αや富裕層のβの跡継ぎを産むための男娼じゃなくて、下働きの奴隷にされた経緯も大体知らされた。そうでもなければ、お前ほど整った顔の若いΩが売り物にされないはずがないからな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る