第五十四話


「それがもう、支度が済んだオリバー様の居屋に案内したら、急に大人しくなっちゃって」

「魔王みたいな顔つきで、怒鳴り散らして戻ったくせに」

「鼻の下伸ばしてニヤニヤしてな?」

「寝所持ちの値段で昼三ちゅうさんのオリバー様が買えたんだ。そりゃあ、もう上機嫌でオリバー様の部屋に籠もられた。……ったく、あんなに大騒ぎしたくせに、ちょっとオリバー様に色目使われただけで、コロッと機嫌直しやがって。みっともねえったらありゃしねぇ」

「……おい! お前等、声が大きいぞ。こんな陰口、提督の耳に入ったら、俺達全員、円形競技場で野獣に喰われる見世物の刑にされちまう」

「つまり、お気に召して頂けたんだな?」

 

サリオンは彼等の話を頭の中で要約し、確認した。

彼等は単にダビデをそしり、

事の経緯を館のあるじに説明させる為だけに、自分を探していたのだろう。


彼等が『廻し』を生贄にして保身を図ろうとしていたなどど、

見当違いな憶測で、事態を自分ひとりで収めるべくして、力みすぎていたことを、

心の中で密かに詫びた。

そしてアルベルトの指が頬に触れた感触、そして言葉が蘇る。


人の助けが必要でも、お前は大丈夫だと返事をする。

周りもお前の強がりを信じた振りをするだけで、手を貸すどころか、

もっとお前に重荷を課す。

それでもお前は大丈夫だと笑うんだ。

俺にはできる。俺は強い。

だからこんなの平気だと、お前が自分につく嘘は、いつもお前を傷つける。


「お気に召したも何も、早速オリバー様と床入りしたよ。旦那様も特別に今夜は提督がオリバー様を買い占めたことにされたから、朝帰りされるつもりだろう」


下男が両手を上向けて、肩をすくめて失笑した。

アルベルトから受け取った言葉を噛み砕き、反芻していたサリオンは、

ハッとして『廻し』の顔になる。

ミハエルにフラれて激高していたダビデの余りの豹変に、

奴隷身分の下男達まで嘲笑した。

 

サリオンも自分とオリバーとダビデの三者三様の目論みが、

一致した幸運に感謝して、深い安堵の息を吐く。


何よりダビデをフッたミハエルに、

不当な制裁が加えられずに済んだと知って、ほっとする。

きっとアルベルトがダビデに苦言を呈してくれたのだろう。

約束通り、館を後にする前に。


「それより、お前は大丈夫だったのか? 提督がミハエルにフラれた腹いせに、お前を饗宴の見世物にするとか意気込んで、南館に引きずっていったらしいとしか、俺達は聞かされてなかったんだが」

「ああ、それはもう大丈夫だ。心配させてすまなかった。その前にアルベルトが……」


普段通りにアルベルトを呼び捨てにしかけたサリオンは、はっとして言い換える。


「皇帝陛下が提督の行き過ぎた悪ふざけを、お諌めになって下さった」

「陛下が止めて下さったのか?」

「……うん」

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