第四十五話


「大丈夫か?」

 

アルベルトが気遣わしげに顔を覗き込んできた。


「どこかケガは? 殴られたりはしてないか?」

「……いや、それはない」

「そうか。……良かった」

 

険しかった目元を緩めたアルベルトを、

サリオンは上目使いに一瞥した。

おそらくレナとベッドに入る直前、不穏な騒ぎに気がついて、

様子見に部屋を出たのだろう。

ベッドの中にいたのなら、服も髪も、もっと乱れているはずだ。

だから、きっとわざわざ情事を中断してまで、駆けつけてくれたのだ。


たとえ相手がアルベルトでも礼は言おうと思うのに、

気恥しさが先に立ち、喉が詰まったようになる。

サリオンは落ち着くなく視線を彷徨さまよわせた。

アルベルトはまだ、ダビデが戻った本館の薄暗い廊下を睨みつつ、

腕を組んで言い放つ。


「そもそも『フッた』『フラれた』『モテた』『モテない』の習わしが、ここにはあるから客は賭博の緊張感も同時に味わう。ここにしかない余興のの面白みが、ダビデは理解していない。そんな幼稚で無粋でケチな男が『モテる』はずがないだろう。あれが同じ王族で、俺の従兄弟かと考えただけで、俺の方が恥ずかしい」

 

烈火の如く怒りをぶちまけ、アルベルトはサリオンの両肩に手をかけた。


「ダビデには公娼独自の習わしを文化として尊重しようとしないなら、二度と中には入らせない。後で俺からもう一度、きつく釘を刺してやる。お前にも男娼達にも報復も手出しもさせない。もちろん今夜ダビデを『フッた』大胆な寝所持ちの男娼にも、だ。安心しろ」

 

少しでも不安にさせまいと、何から何まで配慮して、自ら盾になろうとする。

頼もしい皇帝そのものの計らいと微笑みが間近に迫る。

肩に置かれた掌の厚みも重さも逞しく、レナならきっと涙ぐみ、

抱きついて歓喜するのだろう。


けれども、アルベルトは白状した。

クルム国独自の娼館での慣習が、客を興奮させるのだと。

フッた、フラれた。

モテた、モテない。

それが館に来ている男達の遊びなのだと、言い切った。

それならアルベルト自身も例外ではない。

自分も『遊び』に来ていると、今ここで明言した。

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