第十一話


レナはアルベルトに恋している。

若く健康で美しく、皇妃として申し分ない教養も品性も備えている。

アルベルトも一日も早く世継ぎをもうけ、

帝国の治世の安定を図らなければならない立場だ。


このまま子供ができなければ、アルベルトの後継者争いが表面化しかねない。

玉座の後継者争いは、国力を弱める要因にもなる。

そんなことぐらい、アルベルトも重々わかっているはずだ。


それならレナが番になり、アルベルトの子供を産み、

Ωからαに格上げされて後宮に迎え入れられる。

それが誰にとっても最良の選択だ。


ただ、その選択肢に自分が入る余地はない。


それでいいのかと聞かれても、どう答えろと言うんだと、

サリオンは胸の中で逆にレナに問い返す。

いいも悪いも何もない。

奴隷身分の自分達は、それぞれの責務をこの公娼で務める以外に何もできない。

それだけの話にすぎないはずだ。


それなのに、こんな時だけ、どうしてレナは蒸し返そうとするのだろう。


番の仇に焦がれるレナを無闇に責めたりしたくない。

自分は自分、レナにはレナの人生があるのだと、

必死に自分に言い聞かせようとしているのに。

誰にとっても、それが一番いいことなのだと考えようとしているのに、

凪の水面にレナが小石を投げ入れて、わざわざ波紋を作り出す。

 

毅然として顔を上げ、歩を進めるサリオンは、

どうしてレナもアルベルトも自分をこんなに気にするのかと苛立った。


最愛のつがいを最悪の形で奪われて、

Ωの男でありながら子供も産めない身体になった奴隷の身分だ。

本来ならレナのような最高位の昼三ひるさんや、

テオクウィントス帝国皇帝のアルベルトにとって、

自分なんぞは『もの言う動物』。人ですらないはずだ。

 

だが、サリオン自身は、それでいいと思っている。

永遠に失われた最愛の人を忍んで生きて、

いつかは天に召される日が来ることを、祈って生きたいだけなのだ。


サリオンはレナにもアルベルトにも何も望んでいなかった。

ただひとつ、

最後まで自分をかばって命を落としたつがいへの貞操と忠誠だけを

叶えさせてくれたなら、それだけで感謝できるのに。

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