第七話


「レナ」

 

握った両手を揺さぶるようにして、サリオンは叱咤する。

やがてレナも顔を上げ、虚ろな瞳を向けてきた。


「俺は、お前が本気で惚れれば惚れるほど、あいつの高笑いが聞こえるみたいで悔しいんだ」

「サリオン……」

「そんなにアルベルトに惚れてるんなら、お前があいつを骨抜きにしろ。そうしてあいつに勝ってやれ」

 

鞭打つように告げながら、サリオンは眦を吊り上げる。

Ω性は生まれた時からαやβに隷属させられ、搾取され、

使われる為だけに生きて死ぬ。

 

しかし、レナには運命の輪を逆転させ、

βやαを手玉に取る勝利者になって欲しかった。

レナの銀に近い薄灰色の瞳を射抜いたが、レナは否定も肯定もしなかった。

伏し目がちに黙り込み、

何かしら思うところがあるような顔つきだ。


「とにかく先に支度しよう」


アルベルトを饗宴の間で待たせている。

今ここでレナと口論している時間はない。

サリオンは化粧箱から眉墨やアイライナーや口紅など、化粧道具を取り出した。


最初に下地として白粉をはたくところだが、

くすみひとつない滑らかな白い肌には無用の長物。

サリオンは最初に金髪の眉尻を、眉墨で少し書き足した。

アイライナーは神秘的な切れ長の双眸を強調し、色気が増すように長く引く。

そして、花弁のような唇に美容クリームで艶を与え、

あえて控え目な薄桃色の紅を引く。

 

唇の主張を抑えた方が、蠱惑的なレナの目元が際立つのだ。


「じゃあ、宝石はどれがいい?」

 

レナの化粧を済ませると、化粧道具を箱に収め、

代わりに真鍮製の宝石箱をレナの傍らで開いて見せる。

中は綿入りの絹の布張りがされ、

大粒の宝石が散りばめられた金の首飾りや腕輪の数々、

宝石付きの指輪や耳飾りも揃っている。


けれどもレナは一瞥をくれたきり、「サリオンが選んでくれた物でいい」と、

気のない返事を寄越してきた。


宝飾品が好きなレナは化粧はサリオンに任せても、身につける宝石は、

時間をかけて選んでいる。

それなのに、今夜に限って見ようともしていない。

やはりまだ何か、腹の中では言いたいことがあるようだ。


「……わかった。それなら今夜はアルベルトに、総花そうばなもふるまってもらっているからな。耳飾りも胸飾りも腕輪も指輪も、いつもより派手にする」


軽く溜息を吐いたあと、

金の地金に色とりどりの宝石が散りばめられた首飾り、

薄灰色の瞳の色に良く映える赤紫の大振りの宝石付きの耳飾りを、

粛々とレナに付けさせた。

 

また、つや消しの金の華奢な腕輪を数個重ねて付けさせ、

大小の宝石で大輪の薔薇をかたどった指輪を薬指に通してやる。

最後に華奢なサンダルを履かせて肘掛け椅子から立ち上がらせ、

サリオンは上から下まで素早く視線を走らせた。


「よし、完璧だ。お前ぐらいテオクウィントス帝国皇帝の寵妃にふさわしい美形は、いない」


輝くような金髪に、白い肌の胸元が透けて見える絹の衣。

小鹿のように、すらりと伸びた長い手足。

赤紫の耳飾りや首飾りの煌めきが、特別な夜にふさわしい艶を放っている。


大引おおびけまでアルベルトが買い占めてるから、今日も避妊薬は要らないな?」


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