幼馴染
悲報。球技大会の種目がサッカーになってしまった件について。真面目にこんなスレッドを立てても良いくらいには急転落下中である我が心情。
部活がある翼がいないので、一人とぼとぼと家への帰路につく俺。端から見ればギャンブルにでも負けたようにみすぼらしく憐まれるなくらいには情けなく見えるのであろうか。
ちなみにだが、白菊とは別に一緒に帰る仲というわけではない。そもそもあいつが絡んでくるだけで俺が話しかけに行くことなどそうそう無いような微妙な関係だからね。しょうがないね。
別に俺はサッカーがしたくないわけではない。別にサッカーならある程度は動けるから恥を掻くと言うことはないはずだし、サッカーという競技自体は嫌いでもなんでもない。
嫌なのは、あの
あーだるい。こんなときこそ誰かに愚痴りたいし、とっとと帰ってウィズフレ起動しよう。
もうすっかり日常に溶け込んでいるボイスチャットが恋しくて仕方が無い。まあ疲れるから走らないけど。
「……冬夜?」
そんな適当に思考がぐるぐると回っていたからか、こんなたくさん人のいる中なのに聞こえてしまったその音に無意識に顔を向けてしまった。
「……奏」
もう最後に会ったときより、随分と身長は伸びていたけど。かつてと同じような──あの日と同じような困惑と不安が彼女の顔から伺えた。
彼女の名前は
「…………」
「…………」
無言が続く。恐ろしい肥土に心をすり減らす、気まずい空気が二人を包み込む。
言葉もなく、それでもそのまま立ち去ろうとも思えず、とりあえず二人で向かったのは近くのファミレスだった。
つい最近翼と一緒に来たファミレス。そのはずなのに、あの時に比べるとどうして空気の密度が段違いなのだろう気まずさ。空気の色を可視化できたのなら、間違いなく濁った色でもしているのだろう。
一年ぶりくらいの幼馴染。それだけでしかないのに、どうして初対面のお見合いみたいな気まずさを醸し出せるのか、実に謎だ。
──いや、わかっている。原因なんてわかっている。俺がいけないんだ。ここは俺が率先して声を掛けないといけないんだ。
大丈夫、びびってなんてない。だって俺には一ヶ月ウィズフレで培ったコミュ力がついているんだから──!!
「「あ、あの…………」」
……薄々嫌な予感はしてたんだよね。だって俺だし。
再び生じる沈黙が心をぐさぐさと傷つけていく。心なしか先ほどよりも重く感じるのは気のせいであろうか。
「ひ、久しぶりだな」
「……そうね」
勇気を振り絞って、カピカピのの喉を震わせて声を出す。それに対し奏は少し間を開け、それから口元を緩めながら返事をした。
良かった。どうやら無視されるっていう最悪の事態は回避したらしい。……だからなんだという話だが。
目の前に座っている彼女は、以前と少しだけ違う気がする。
睨んでいるみたいな鋭い目は相変わらず。変わった点といえば、中学時代は伸びていた髪がばっさりと切られていることか。
「……ふふっ」
何かがおかしかったのか、口に手を当てながら小さくともこっちにもわかるくらいの笑顔を彼女は見せた。
「……何だよ」
「いや別に。……ただあんたは変化無いなって」
……変わらない、か。別にそんなことはないのに、こいつにはそう見えるのか。
「変わったよ。俺もお前も」
「変わらないよ。あんたも、……私も」
まっすぐにこっちを見つめるその眼を誤魔化すように、コップを掴みドリンクを口に入れる。
……変わったさ。今の俺をお前が知らないだけで、随分と情けない有様になっちまったよ。
「……ねえ。どうして、うちに来なかったの?」
ふと聞かれた、その質問の意味がわからないほど俺は阿呆になったつもりはなかった。──なれなかった。
それでも、こいつに返す言葉が喉元を通過しようとはくれない。誰に聞かれても、こいつの前では言うことなど出来やしなかった。
「……何も言ってくれないんだね。あの時みたいに」
悲しそうに俺を見つめる彼女に、俺はどんな言葉を掛ければ良いのだろう。
どんな言葉を使ったって、どんなに綺麗に取り繕ったって。結局俺が、奏との約束を破ってしまったことに変わりなどないというのに。
真剣に俺に聞いてくれているのはわかっている。それでもそんな彼女に、どんな表情を向けて良いのかすら俺にはわからなかった。
「……ごめん」
「謝って欲しくなんかない。私は、あんたと!! あの時だって──!!」
抑えきれなくなったのか、机をばんっ、と叩きながらこちらに感情をぶつけてくる。
こんな俺なんかにどうしてそこまで固執するんだ。こんな無様な、幼馴染一人にすら向き合えない俺なんかに、どうして愛想を尽かさないのか。俺にはわからない。
「……ごめん。もう帰る」
「っ、おい奏──」
引き留める俺を置去りにし、机に千円を置いて走り去る奏。
追い掛けようと立ち上がろうとして──足が鉛のように動くのを拒否しているよう。
彼女を追って良いのか。その資格が俺にはあるのか。
それを考えてしまえば、もうどれほど力を込めようとしても意味など無かった。
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