第24話 プレイボール!
3月20日(金)、12時35分。
「只今より、両チームのスタ―ティングラインアップを発表いたします。先攻、東京サタンズ…」
1小林 遊
2下滝 二
3大和 D
4田中 三
5松井 捕
6山川 一
7古市 左
8三田 中
9石生 右
P嶋浦
昨年と変わった部分は大きく分けて2つ。
まず、4番に大卒ルーキーの田中が入った。大学で輝かしい成績を残し、プロでもいきなり中軸に座ることとなった。2月に行われたジュピターズとの練習試合では、2019年度のインターハイ優勝投手である後藤未央奈からライトスタンドの防球ネットを直撃する特大のホームランを放っている。
もう一つはライトのポジションだ。昨年までジュピターズにいた石生未海(いそう みみ)が出場機会を求めサタンズに移籍。見事開幕スタメンを勝ち取ったのだ。未海がスタメンであると発表されたとき、ジュピターズファンからも大きな歓声が上がった。
「続きまして、後攻、通葉ジュピターズ…」
1小諸 二
2荒神 三
3呉竹 一
4西畑 遊
5古崎 捕
6堂本 右
7皆川 中
8京極 D
9佐久本 左
P 弊
ジュピターズは昨年とは大きく変わらない布陣。熾烈であった外野手争いは、レフトが今シーズン育成チームから昇格したばかりの佐久本、センターは多くの外野手が出場機会を求めて他球団に移籍する中で残留を選んだ皆川、そしてライトは昨年も好成績をあげた女子プロ野球界のマドンナ、堂本の三人である。
両チームの選手のヒッティングマーチが流れ、スタンドは大いに盛り上がる。長い長いオフシーズンが終わり、ついにこの日がやってきたのだ。開幕戦ということもあり、観客の数は通常期よりも多い。
「今年も頼むぞー!!」
「今度こそ全勝だ!!」
「美紀ぃ、5割30本100打点だあ!」
ファンの大きな声が響く。昨年51勝9敗という異次元の成績を残したということもあり、ファンからのヤジも相当レベルの高い要求だ。
「へへ…5割なんて打てるわけないじゃん…。今年も相当期待されてるんだなあ…」
美紀があまりに難しい要求をされ、苦笑い。これが女子プロ野球の日常なのだ。毎年「今年で終わるんじゃないか」という心配を抱きながらプレーする選手たちにとって、今年も開幕も日を迎えられたというのは何より嬉しいことだ。
「はい、みんな集合!私にとっては、監督として初めての公式戦。みんなのこと頼りにしてるからね。というわけで声出しは華ちゃん!」
「はい。ついにこの日が来ました!今年はみんなで笑えるよう、楽しんでプレーしましょう!私の笑顔で、ファンの皆さんの目線をくぎ付けにしちゃいます!うふ!」
円陣で声を出した華。この底抜けに明るい性格も、彼女がジュピターズに昇格した要因の一つだ。
気温22度の暖かい日差しの中、大きな声が湘南球場にこだまする。
「緊張せず、笑顔でね」
祥子が珍しく、優しいトーンで選手たちに声をかけた。祥子はこんなに優しい表情はめったに見せない。本人が相当緊張してるのだろうか、いつもの覇気が全くなかった。
かくして、2020年の女子プロ野球が幕を開けた。
1回表、サタンズの攻撃。1番の小林が打席に入る。俊足巧打の理想的な1番打者で、昨年は3割と20盗塁を記録し、他球団からも恐れられている存在だ。
梢の第1球。捕手の智子は内角に構え、投じられたボールはミットに吸い込まれていった。
「ストライ―ク!」
116km/hのストレート。打者の小林は全く反応できていなかった。
2球目。一段ギアを挙げたストレートはまるで定規で引いたような美しい直線を描いてまたもや内閣にバシッと決まった。
「ストライ―ク!バッターアウト!」
3球目は123km/hを計測し、三球三振。昨年3割を打った好打者に付け入る隙を与えず、一瞬で粉砕した。続く打者もあっという間に打ち取り、わずか8球で三者凡退。梢は全く表情を変えず、ゆっくりとマウンドを後にした。
「梢、ナイスピッチ!」
智子が太陽のような笑顔でハイタッチを求める。昨年までならお互い全く笑わず、イニング間のコミュニケーションなどほとんどなかったのだが、今年はどうだろうか。祥子監督の方針は選手たちにどの程度浸透しているのだろう。
「あ、ナイスリードです。ありがとうございます」
一瞬だが、ニコッと笑った梢。
「あーーーーーー!梢さん笑ってる!氷のエースが!鉄仮面が!めっちゃ可愛い…たまらん…心臓が…止まってまううう」
大阪のおじさんのような声で悶えているのは、チームで2人しかいない関西出身の後藤未央奈。昨年のインターハイ優勝投手である。普段の練習中、梢は全く笑わず、本人曰く「ユニフォームを着ているときは歯を見せちゃいけないって中学の時の監督に言われてそれを今も守っている」とのこと。そんな梢の笑みを公式戦の最中に見られたとあって、未央奈は大興奮である。
「未央奈、興奮しすぎよ。私だって笑うことくらいあるっての」
「可愛かったんですよお…だって梢さん普段全然笑わへんし。ええもん見せてもらいました!ごっつぁんです」
◇
サタンズの先発嶋浦も好投し、3回裏を終わって両軍ノーヒット。無四球どころか、両投手合わせてボール球が僅か7球。両投手ともあまりに完璧な投球を見せており、このままでは両チーム完全試合という史上初の珍事が起こるのでは、と余計な心配をしてしまう選手もいた。
この状況を打開するのは、いったいどの選手なのだろうか。
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