第16話 野球教室①

2月22日(土)、11時12分。


キャンプも終盤に差し掛かり、通葉市民球場から見える景色に春の訪れを感じることも多くなってきた。ライトスタンド後方に見える燕尾山は、今までは緑一色であったが、気付けば梅の花が咲き乱れ、所々が白くなっている。


「わあ、燕尾山が白い!雪ですか?でもあんな位置に雪なんて積もらないですよね、今年は暖冬だし、しかも気温は13度…」


景色を眺めることが大好きな清子は、少々興奮した様子で話した。


「今までリュウイーソーだったのにね。梅が咲いたのかな」


「りゅういーそー?純菜さん、何ですかリュウイーソーって?」


キャンプの宿舎に麻雀卓を持ち込むほどの麻雀好きな純菜は、日常会話にもたまに専門用語を混ぜてしまうことがある。


「緑一色って書いて『リュウイーソー』って読むのよ」


「へえ。また一つ賢くなりました!ウグイス嬢に『6番 サード セイコ・インテリジェンス・アラガミ』ってコールしてもらうのが私の夢なんです」


「麻雀のこと知ってもインテリには程遠いわよ」


昨年までジュピターズにはなかった和気藹々とした雰囲気のなか、今日も練習が進んでいる。


「さあ、今日は12時までで切り上げて、JCとJKを迎え撃つよ!」


いつになく気合が入っている智子。本日の午後、通葉市の女子野球チーム「通葉オリーブガールズ」の選手が市民球場に来訪し、ジュピターズ主催の野球教室に参加するのだ。ここ数年で女子高校野球部が急激に増え、中学生のクラブチームもどんどん創部されており、通葉市にも2018年の夏にオリーブガールズが創設された。

通葉市には大学の女子野球部は存在するが、中学・高校の女子野球部は未だに創設されていない。ジュピターズの人気も高まったことから中高一貫の女子野球チームを作れとの機運が高まり、オリーブガールズの誕生に至ったのだ。


「みんな可愛いんだろうな~♪楽しみですね!私たちの存在を知ってもらうことにもつながりそうだし、頑張らないとですね!」


清子は通葉市出身だが県内に有力な女子野球部がなかったため、東京の高校に野球留学をしていた。地元に女子野球チームができたことは彼女にとっても非常に喜ばしいことで、そのメンバーに会えるのが楽しみなようだ。





13時。球場の駐車場に大きなバスが2台到着した。中から出てきたのは、野球のユニホームを着た総勢40名ほどの女の子たち。彼女たちが野球をしているというだけで、ジュピターズの選手はワクワクが止まらない。


「たくさんいますねえ。女子野球が順調に広まっている証拠ですね」


華は嬉しそうな表情でオリーブガールズの選手たちを見つめた。


両チームの選手たちは準備を終え、グラウンドに集合。キャプテンの美紀のあいさつで、野球教室がスタートした。


「今日は通葉市民球場にお越しいただきありがとうございます。女子野球はまだまだ競技人口が少ないですが、着実に野球をする女の子が増えています。野球は男がするものって言われて辛い思いをした子もこの中にたくさんいるでしょう。私たちジュピターズの中にも、偏見で苦しんだ選手がたくさんいます。でも、誇りを持って野球を楽しみましょう!今日はよろしくお願いします!」


ウォーミングアップをした後、ポジションごとに分かれての技術指導が始まった。清子は内野手のブースで守備の指導を行う。


「内野はボールに触れる機会が多いから、自分のところにボールが飛んでくるイメージを常に持っておくことが重要です。ボールを迎えに行く動作、取り方、ステップ、そしてスローイング。いいイメージを頭の中にしっかりと作りましょうね!」


清子は野球をしている女の子がこんなにたくさん自分の目の前にいることが嬉しくて仕方がなく、練習中にも見られないような気合の入った表情をしている。


「はい、そしたら、あの背の高いイケメン大好きなお姉さんがノックを打ってくれるから、まずは取って投げてみましょう!気付いたことがあったら練習を止めてアドバイスするからね」


「ちょっと!そんな情報いらないでしょ!」


雫は顔を赤らめて叫んだ。先日プロバスケットボールを観戦したとき、試合中ファルコンズの種市直樹をずっと見つめていたことを美紀に密告されたらしい。


かくして、雫のノックが始まった。ノックとはいえ、プロで3割を打った選手の打球はかなり強く、思うようにボールを処理できないオリーブガールズの選手たち。普段の練習では見ないような鋭いゴロに、相当手間取っている様子だ。


「よし、一回止めようか。みんな、まだイメージが固まってないような感じがするね。実際にプロの選手がどんな打球処理の仕方をするか見てみましょう」


お手本になるのは昨年の盗塁王である奈緒。


「可愛いーーー!!」


奈緒が登場した瞬間、オリーブガールズの選手から大きな歓声が上がった。女子野球選手としてはかなり小柄で可愛らしい彼女は、女子中学生や女子高生に大人気なのだ。


「上手にゴロを取れた人はあとで小諸選手のほっぺを引っ張る権利を与えます。みんな頑張ってくださいね」


球場は理想的な雰囲気に包まれた。ジュピターズが野球をする女の子たちの憧れとなっていることが肌で感じられ、選手たちは誇らしい気持ちで学生の指導に当たっていた。

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