第14話 プロバスケ観戦②

3人は1階の指定席の1列目に着席した。コートは目の前で、試合に向けて練習をしている選手との距離はかなり近い。ボールどころか、選手自身まで飛んできそうである。


「わあ、近い!こんなに近いんだね…。これ、ファンの声とかヤジとか全部はっきり聞こえちゃうよね…」


美紀はプロ選手ならではの視点で会場を見た。ファンの立場から見るとこれほど選手を間近で見られるのは嬉しい限りだが、やっている選手からすれば、批判されている声もしっかりと伝わってしまう。男子プロ野球に比べるとファンとの距離が近い女子プロ野球でも、ここまで大きくファンの声が聞こえるということはない。


「でもさ、間近で選手の表情まで見られるのってたまんないよね!あたし練習の時点でだいぶ興奮しちゃってんだけど」


美紀の表情はすぐに明るくなり、3人はしばらく選手の練習の様子を観察した。野球以外の競技の練習をこんなに近くで見るチャンスはめったにない。練習の雰囲気を含め、学ぶことがたくさんだ。

プロバスケの練習はとにかく雰囲気がいい。笑顔がたくさん見られ、選手だけでなくトレーナーやコーチ陣も微笑んでいる。


しばらくすると、突然照明が落とされ、かかっていたBGMも止まってしまった。


「あれ、停電?」


急な出来事に真衣があたふたしていると、コートの真ん中に突如スポットライトが当たった。


「本日もコートを彩るのはあああ!!!ファルコンズの勝利の女神!ファルコンガールズ!!!」


アリーナDJの大きな声と共に、華やかなチアリーダーが登場。試合前からの派手な演出に、観客も大盛り上がりだ。大きな手拍子と共に、チアリーダーたちがダンスを披露する。会場はホームもアウェイも関係なく、まさにひとつになっているようだった。


「可愛いーー!チアさん見に来てる人もたくさんいるんでしょうね…!」


真衣は女子プロ野球にはない独特の華やかさに度肝を抜かれている。女子プロ野球の試合では、プレイボール前にここまで大きなイベントは行われない。あるとすればプレイボール前のスタメン発表くらいである。


チアのダンスの他にも様々なイベントが行われ、まるでバスケの試合の前に1つの大きなイベントが開催されたような盛り上がりを見せたアリーナ。ここでようやく選手が現れ、スタメン発表が行われた。


「試合始まる前だけでイベントとして成立するレベルだね…。めちゃくちゃ楽しい」


アリーナに入ってからは驚きの連続で、すでにお腹いっぱいの一行。ティップオフまで残り数分。2mほどある大柄の男たちがコート上に現れ、ハイタッチを交わす。試合の始まり方も野球とは違って非常にフランクだ。

しかしその中でも相手選手に対するリスペクトはしっかりと示されており、暖かい雰囲気に包まれている。


「3,2,1,ティップオフ!」


アリーナDJの美声と共に、試合が始まった。ボールを持ったのはファルコンズのキャプテン、種市直樹だ。彼はフェアプレイが有名な選手で、その優しさと甘いマスクでファンから絶大な人気を誇っている。

種市がボールをコントロールし、パスを捌く。ボールがゴール下に待ち構えている身長211cmのジェイミー・ショウに渡り、ゴールに叩きこまれる。最初のシュートがバスケットボールの醍醐味ともいえる豪快なダンクとあって、観客はいきなり総立ち。アリーナは瞬く間に大歓声に包まれた。


「ダンクなんて初めて生で見た…。すごい…」


雫はあまりの衝撃に言葉を失い、いきなりのダイナミックなプレーに喜ぶことも忘れてたただ立ち尽くした。


試合は終始ファルコンズペースで進み、最終スコア108-75でファルコンズが勝利。観客を味方につけ、聞いたことのないような大きな歓声が試合を通して鳴り響いた。


「こんな華やかなスポーツ、初めて見た…。いろいろ参考になったね」


美紀はプロバスケットボールの盛り上がりに少し嫉妬しているようにも見えた。観客数が伸び悩んでいる女子プロ野球が特に何も対策をしないことにいら立ちと危機感を感じている美紀は、純粋に試合を楽しめなかった。しかし、今日観戦できたことは、今後の女子プロ野球発展の大きなヒントになるに違いない。


「楽しかったですねえ!私すっかりファルコンズファンになっちゃいました。種市さんイケメンだった…。顔も声もドストライクだったし、バスケしてる姿がめちゃくちゃかっこよかったです…明日からファンクラブ入ろうっと」


雫は美紀とは対照的に、思う存分プロバスケを堪能したようだった。本来ならば雫の様に純粋にバスケを楽しむべきだったが、美紀はキャプテンとしての立場もあり、そうはいかなかった。


「あ、すいません、ジュピターズの西畑選手と呉竹選手ですよね?」


突然後ろから大きな男が話しかけてきた。


「わあ、種市さん!!」


雫は大声をあげた。先ほど大ファンになってしまった選手が、急に声をかけてきたのだから驚くのも無理はない。


「ファルコンズの種市と申します。昨年ジャパだの何回か試合に行かせていただきました。まさかジュピターズの選手の方が見に来てくださってるなんてびっくりです」


種市はジュピターズのファンで、彼女たちの顔を知っていたのだ。


「お声がけいただけるなんて嬉しいです…。私たちのこと知っていただいてるなんて感激です」


美紀が満面の笑みで答える。


「通葉市を盛り上げるために、お互い頑張りましょう!いつかコラボができるよう、球団にも話しておきますね。今日は本当にありがとうございました」


種市は噂通りの紳士的な態度で、クラブハウスに戻っていった。


「同じ街をホームグラウンドとする多種競技とのコラボ。観客を増やすためにはそういう手もありますね…」


真衣はニヤリとして、何かを企てていた。

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