第2話 明るい選手が必要だ
「小諸選手なんてこの状況を打開するのにぴったりなんじゃないかと思いますねぇ、ファンも多いですし。SNSのフォロワー数はリーグでも1,2を争うほどでしょ。あんな選手がもっと大勢の目に触れたらいいんですけど」
黒瀬コミッショナーがそう言って指差したのは、俊足巧打の二塁手、小諸奈緒(こもろ なお)。高卒2年目の昨年に盗塁王に輝き、女王決定戦では1試合4盗塁を決めるなど1番打者として申し分ない働きをした。
また、大柄な選手が多い女子プロ野球の中で155cmという小柄のため、選手の間でも非常に可愛がられている。
特にクールで有名な梢が奈緒を抱きしめているシーンが試合中にも時々見られ、その度にスタンドからどよめきの声が漏れるのだ。
その可愛さにファンが多く、ジュピターズでは大打者西畑美紀に次いで人気がある。彼女がもっと色々なメディアで取り上げられたら、女子プロ野球の人気も上がるだろう。
「奈緒は確かに可愛らしいし人気ですけど、なんかこう、明るいっていうタイプではないんですよね。大人しいですし。バンバン喋れる子っていないんですよ、うちのチームには。まぁ美紀くらいですかね、話が上手いのは。メディア露出という部分では、やっぱり美紀頼みになっているのが現状です」
祥子はどうしても伝えることが上手な選手がチームに欲しいのだ。
祥子はジュピターズの監督に就任した時、選手たちにの「伝える力」がなさすぎるという話をした。選手自身が自分たちのことを伝えなければ女子プロ野球の良さは伝わらない。
人にやってもらうのを待つのではなく自分から発信していく姿勢が大事だということで、ミーティングのその場で選手全員にSNSのアカウントを作らせ、秋季キャンプで広報担当にSNSの研修をさせるなど、徹底した発信の体制をチームとして整えた。
「野球は上手なんです、みんな。今年も私が何もしなくても優勝するでしょう。でも、私たちには球場を満員にするという使命があるんです。勝つだけではなく、お客さんを呼ばないとリーグの未来はないですから」
祥子はそう言うと、広報部の松井真衣(まつい まい)を呼んだ。彼女はジュピターズの公式SNSやホームページの担当で、試合の開始時刻や結果だけではなく、練習風景やインタビュー動画も発信している。
祥子は、選手の人となりがわかるような地道な活動がファンを獲得する第一歩だとして、就任したその日に広報部とも3時間にわたる会議をした。
「真衣ちゃん、梢のインタビュー撮ってきてくれる?あの子の話聞きたいファンってたくさんいると思うのよ。今や日本一、いや、世界一の投手と言っても過言じゃないんだから。頼むわね」
「はい、祥子さん。行ってきます。梢ちゃんなんかいつも暗いんですよね…。野球してる時は吠えたりガッツポーズしたりするのになあ」
真衣はトレードマークの小走りで梢の元へと駆け寄った。そして彼女が走るたびになぜか観客がどっと湧く。真衣が走っている姿はある理由からファンの間でも話題になっており、SNSにも彼女が小走りする動画がファンの手によってアップされたことがあった。
「梢ちゃーん、インタビューしてもいい?ファンの皆さんに梢ちゃんの声を届けようと思って!」
「え、やだなぁ、恥ずかしい。練習させてくださいよ、私はそれが仕事なんだから」
伝家の宝刀「松井走り」が炸裂したにもかかわらず、梢は真衣を軽くあしらう。梢は自分は野球だけに集中して結果を出したいという考えの持ち主だ。
「学生野球の間はそれでいいかもしれないけど、野球を職業にするとなると、ファンに喜んでもらうのが1番大事なのよ」
真衣と共に梢の元に来た祥子は、梢の野球以外への冷めた態度を窘めるように言った。祥子は、入団以来マスコミに対してクールな姿勢を貫き続けてきた梢が今シーズンこそ変わらなければならないと考えている。
「そうですね…。分かりました。真衣さん、インタビューしましょ!」
梢は勇気を振り絞り、インタビューに答える決心をした。
「ちょっと待ってね、パネル持ってくるね」
真衣は再び小走りで広報室に戻る。その時、観客席から大きな声が聞こえた。
(マ・ツ・イ!マ・ツ・イ!マ・ツ・イ!)
チームに松井姓は、広報部の真衣以外にいない。つまり、真衣の走る姿にファンの応援が始まったのだ。
爽やかな笑顔でファンに手を振る真衣。彼女はかつてジュピターズでプレーした選手で、そのことを知っているファンからは未だに根強い人気がある。それにしてもスタッフがここまで人気というのは珍しい。
「梢、これよ。これくらいファンに愛される選手になって欲しいの。真衣ちゃんは引退してからも毎日『広報部の松井です!』っていう投稿をしてるから、ファンの皆さんが認識してくれるようになったのよ。あなたもそれくらい認知されるように頑張りましょう」
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