第109話 ピーテル村の鍛治師

 予告通り今日の朝食はクロックマダムだ。


 昨日の食パンをスライスして焼いたら片面にバターとマスタードを塗ってハムをのせる。

 その上にチーズを乗せて中央を窪ませてから卵を割り入れる。上から塩胡椒をふったらオーブンで焼く。卵に火が通ってチーズに焦げめがついたら出来上がり。ルイスたちにはクロックムッシュも作った。


「これも美味いな!」

 クロックマダムはたっぷりのチーズが半熟卵に絡んでハムの塩気も効いてて美味しいよね。朝からルイスの機嫌が良い。カツサンドを出したからモニカも嬉しそうだ。


「今日はピーテル村に行くんだっけ?」

「うん、冬支度の様子も気になるし」

 ピーテル村は前回、ヒヨコをたくさん売って石炭の発見に手を貸した北部の村だ。


「とりあえず今の状況を確認して、うまく行っているようだったら洗濯バサミとかハンガーとかS字フックを作ってもらって買い取ろうよ」

「石炭も鉄鉱石もあるもんね。特産品にして近隣の村と交易が活発になるといいね」


 ウィルコの言う通りだ。僻地過ぎて、どの村からもちょっと遠いけどイクラやキャビアも美味しいし、特産の種類が増えたら村が豊かになると期待している。ピーテル村にしか無いものが多ければ遠くても来る価値があるもんね。



「じゃあ出掛けましょう」

みんなで後片付けをしてピーテル村に向かう。今回も村に入る直前の場所に転移した。馬車は2台で、今回は羊を番いで3組ほど運んできた。



「久しぶりだな!」

「この前来てくれてからいい事づくめなんだ」

 門番は前回も受付してくれたクジマさんだった。もう1人の人は見覚えはあるけど名前は分からない。


「今回は羊を運んできたのよ」

「良い羊毛が取れると評判の農家の羊だ」

 村長のレオニードさんたちに大歓迎されて、さっそく羊を買ってもらった。村の共有財産として増やすつもりだって。将来的に新しい特産が増えるかも。


 あの後、近隣の村から石炭を仕入れに商人が定期的にやってくるようになったおかげで冬支度も順調だって。

 あの時売ったヒヨコは成長して卵を産んで、どんどん増えているらしい。順調に増えているから冬の食料に回せますってニコニコだ。

 ヒヨコを可愛がっている村の子供たちのことは考えないようにしよう。


「それと、移住してきた村人もいるんですよ。これまでは生活苦で逃げるように村を去る者ばかりだったので嬉しいことです」

「どんな人が移住してきたの?」

「鍛治師だよ、カレンちゃん。石炭が出るようになったからね」


── やった!狙い通りだ。


「会いたいわ。作って貰いたい物があるの」

「それではイワンを呼びましょう」



 村長さんの家で紹介されたイワンさんは細マッチョな人だった。

「それで作って貰いたいものってのは?」

「僕が馬車から持ってくるよ」

私もウィルコにくっついていった。


「あらかじめ、この世界の技術レベルと素材に変換したのはこれで全部だよね」

「うん、合ってる」

 洗濯バサミとハンガーとS字フック。洗濯バサミはバネ以外は木製。ハンガーとS字フックは太い針金で出来ている。どれもシンプルだけど便利に使えるものだ。



「作って貰いたいのはこれ」

「洗濯バサミは洗濯紐にシーツなんかを干す時に便利よ。洗濯以外でも何かを束ねておく時に使っているわ」

「ハンガーはシャツの形を保ってくれる。干した時のまま収納も出来るぞ」

「S字フックは籠を引っ掛けたり、何かぶら下げる時に使えるよ。いろんな場所で便利に使えるから馬車の旅でも重宝してるんだ」


 イワンさんも村長さんも興味津々だ。ウィルコの神託で洗濯は男性の仕事っていうのが一般認識になったから気になるよね。


「シーツが寄れたり飛んで行ったりする悲劇を防げるな」

「イワン、儂はこれが欲しい。買うぞ」

村長さんは買う気になってる。洗濯バサミがお気に入りのようだ。

「2週間で作れるだけ作ってみてくれないか?近隣の村を回ってから戻ってくるから」


 前金を払って、ピーテル村で販売を終えた後、転移で近隣の村を回った。ピーテル村でも近隣の村でも寒さに強い作物の種を中心に販売した。どの村でも税が常識的なレベルに下がったこともあって冬支度が順調だったので一安心だ。



「こんにちはー」

約束の2週間が過ぎて、私たちはイワンさんを訪ねた。

「もう2週間か…まだまだ作れるんだが…」

イワンさんが出来ている分を見せてくれた。


「こんなに作ってくれたのね!」

「期待以上だぞ」

みんなで洗濯バサミをパチパチした。


「もっと作りたかった…」

 イワンさんがとても残念そうだ。コツを掴んで楽しくなってきたところなのだろう。


「それなんだが俺たちは次に来られる時期を約束出来ないので、どんどん作って近隣の村にも販売して自由に稼いでくれ」

「え…それは…」

「生活必需品は高過ぎる価格で販売しちゃダメよ」

「僕らが買い取った価格に2割り増しくらいが適正価格だね」

「他の村でも作ってもらうから、すぐに国中に広まるよ」


「その…あんた達のアイデアだろう?」

 イワンさんも村長さんも驚いている。私たちの注文以外で作ってはいけないと思っていたらしい。それは鍛治師の倫理観として正しい。


「私たちは生活必需品で暴利を貪るつもりは無いのよ」

 ヨナスさんのリネンみたいに独創的な製品は、それなりの価格設定が必要だけど食品や生活必需品は誰でも買える価格じゃなきゃいけない。


「他の注文者は秘密を守りたがるだろうし、それも当然だと思うが、これらの製品は自由に作って販売してもらって構わない。それでたくさん儲けて、次に俺たちが運んでくる物をたくさん買ってくれ」

 村が豊かになれば商人も儲かる。豊かさが連鎖するのだ。


「そんな風に考えたことは無かったですな」

村長さんも驚いている。


「そうやって国全体が豊かになった時に、この村でしか手に入らない独創的な贅沢品があったら高く買うわよ」

「新しい特産品を生み出してくれ」

「楽しみにしてるね」


 今回も帰る前にイクラとキャビアをたくさん買ってもらった。

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